FC2ブログ
 
■プロフィール
■最近の記事

■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
玉の輿(こし)
お玉ちゃん
フジテレビ制作の「梅沢富美男のズバっと聞きます」中の1カット2019年2月13日放送


先ほど、ワシントンDCに住む、長女から、「テレビ観ていたら、お父さんの描いた「桂昌院」の絵が写っていたよ!」と画像添付でLineしてきました。
ユーチューブで確認しますと、昔、善峯寺にお描きした「桂昌院」のご肖像画でした。今宮神社の玉の輿お守りの話題で使われていました。
先代住職は、それまでの大奥を描いた小説などで、善峯寺の復興をされた恩人の桂昌院が良く描かれていないので、悪いイメージの固定化に、憤りを感じておられました。
そのイメージを払拭したいと、そんな当時のご住職、掃部光暢師のご意向で、応仁の乱で荒廃した京都の有名寺院のほとんどを復興させ、仏教に帰依し、信仰心のあつい桂昌院らしく、何度も相談しながら新しくお描きしたものです。
この肖像画、最近、よくテレビや雑誌等メディアに使用されていますね。

2012年にもTVで紹介されてブログに書いていますので、「玉の輿」伝説にご興味のある方は、お時間のある時に読んでみてください。

『歴史秘話ヒストリア』大奥 シンデレラ・ストーリー~将軍の母・桂昌院 元祖「玉の輿」物語



知っておこう! | 09:27:13 | Trackback(0) | Comments(0)
来年の今頃、仏画の展覧会を開催していただけそうです
photo1509.jpg
来年の今頃、仏画展が開催される予定の観峰館(ホームページより拝借)


先日、この1月という寒い時期には、ほとんど来館者が居ない仏画館に、珍しく2日間に渡り、たて続けに入館者がありました。
一人目は、神奈川県から来られた私と同じ年の男性で、お話を聞くと良く知る友人の友人だったことが分かったのですが、4年前にご夫婦で世界旅行中に愛する奥様を事故で亡くし、その面影を観音さまに重ねて描いて欲しいとのことでした。
その男性からお聞かせいただいた数時間に及ぶお話は、最愛の奥様を亡くされた時の不思議な体験と男性自身の自由な生き方。私の歩んできた人生とは対照的で、海外での生活を含め、ある仕事を起業し、奥様とお二人で世界旅行の為にあっさり仕事を畳み、自由で明るい人生を謳歌して生きて来られたご様子。
私のように、一つのことに拘って、意固地に、執拗に生きて来た者とは正反対のような気がします。でも、私の細胞の半分は、同世代なのでそう感じるのか、その男性の生き方に共感できるところがあり、興味深く、楽しくその方との話が弾んだのです。

 その次の日、Fさんという私設博物館の学芸員をされている男性がご来館。
お話をしていると、京都市立芸術大学の模写科を卒業されて、仏教クラブでもご一緒の宇佐美松鶴堂で、アルバイトながら表具の経験をし、米国メトロポリタン美術館で、修復補彩のお仕事をされていた経験があるとのこと。
当工房にも過去に、二人、その京芸の模写科の卒業生が居たこと等、仏画制作の話で盛り上がっていたのですが、そのFさん、実は、私の故郷の東近江市五個荘にある「書」の殿堂「観峰館」の学芸員をされていて、もう27年ぐらいになるそうです。
メトロポリタン美術館のあるニューヨークからお帰りになって、まもなく今の職につかれたようです。
Fさんは、話の途中で、「仏画館」に来られた理由を遠慮がちに口を開かれました。「観峰館で、仏画の展覧会をしてもらえないか。」
私は、観峰館には、版画家の知人の展覧会などで二度ほど訪れたことがありましたが、創立者の日本書道教育に人生を捧げ、「日本習字教育財団」の創立者で書家の原田観峰師の中国の名品コレクションの数々がそれはそれは圧巻だったことを思い出しますし、我が故郷の、しかも我が家の田んぼのすぐ近くにそれはあります。
2015年10月に開館20周年を記念して新館が完成し、そこが会場になるようです。
まだ詳細は決まっていませんが、時期的には来年の2月~3月ということです。
寒い時ですが、今年は画歴50年の節目でもあり、ありがたく引き受けることにしました。
と、いうことで、今年は、はじめての出版になりますが、「仏画の本」の制作も考えており、その展覧会用に大作もいくつか用意しなければなりません。
気分的にも時間的にも忙しくなりそうです。


仏画 | 13:02:02 | Trackback(0) | Comments(0)
パスワードが必要でなくなる時代
人工知能


「従来の暗号技術は強力な量子コンピューターを使えば破られてしまう可能性が高い。専門家らは、強力な量子コンピューターの登場までの期間を10年と見積もる一方、「量子耐性」を持つ暗号技術の開発・普及には早くとも20年はかかると指摘する。」
と、こんな記事が先端科学情報紙にありました。

暗号化、パスワード、個人情報保護・・・・。
どれも、今の時代には欠かすことのできない安全保障の基本です。
でも、パスワードの管理だけは、自分の脳で管理しなくてはなりません。
パスワード管理ソフトなるものもあるようですが、一番安全なのは、やはり自分の記憶に仕舞っておくのが安全です。
自分の記憶では自信がないので、紙のメモ帳に記録しておく・・・。
結局、紙のメモも管理できないので、パソコンのどこかにその記録をまとめておくことになりそうですが、つまり、いつも 心のどかこかに不安感が付きまとい、落ち着かない日々を送っているのが、私たちが今置かれている現実ではないでしょうか。

今後28年の間に、AIの能力が人を超えることは、間違いがありません。
人を超えるとは、単に運動能力や知識や情報の量を指すのでしょうか。
AIが人を超えるということは、それプラス判断と決定を正確にするということです。
この「正確」、つまり、AIは間違わない、判断ができるのです。これは何を指すかと言いますと、未来を限りない正確さで予測できるということに繋がるのです。
人の百万倍もの速さで計算できるということは、瞬時に未来がほぼ正確にシュミレーションでき、予測、予言、予知できるようになるのです。
「ほぼ」と、書きましたが、AIが吸収する情報量で正確さが変化しますので、ありとあらゆる、森羅万象をデータとして与えれることができたなら、この予知能力アップに繋がるわけです。

そんな遠い時代ではないと思うのですが、人の能力をはるかに超えたAIに、我々人類は、何もかもお任せするといった、超管理社会がやってくることを意味すると思うのですが、そのAIにパーフェクトに管理されるシステムとは、いったいどんなことを意味するのでしょうか?

我々人類の生身の肉体の管理、健康を維持するために、遺伝子操作から遺伝子工学やら、サイボーグ化が進むのでしょう・・・。

また、そんな人類の住むコミニュティの管理などは、お手のものとなるのでしょう。
企業の運営管理…、と言っても果たして、経済活動そのものを必要とするのでしょうか?
社会全体で考えた時、損得のないバランスのとれた経済活動などあり得ないわけですから、資本主義などは、AIに管理してもらうということから考えると、まったく無意味な社会システムとなるわけです。

社会主義とか共産主義のいわゆる理想的な社会システムの実現がAIの登場によって成り立つようになるのでしょう。
人の能力をはるかに超えたAIによる管理で、人が平等を掲げて指導しても何ともならなかったその思想がAIによって実現するのだと思います。
我々人類は、「平等」のほんとうの意味を噛みしめることになると思うのです。

我こそが、といった勝ち負けを楽しむ人種の満足感達成は、仮想空間でのゲームに取ってかわり、その人の欲望をコントロールしたり満足させたりする事が可能になると思います。。
そのAIによる管理時代の仮想空間は、今の仮想空間ではありません。
人の脳に直接、実体験として働きかけるようになるはずですから、現実と仮想の見分けがつかなくなっているでしょう。つまり、仮想が仮想でなくなり、現実の体験と何ら変わらない体験、学習をすることになるのでしょう。
人類は、仮想の中で自分の人生を謳歌し、楽しむことになると思われます。

いづれにせよ、近い将来にも、AIが我々人類を管理するシステムに移行していくのは明らかで、合理的で正しい判断と間違いのない処理は、今でもコンピュータに依存しているし、私たちは、すんなり受け入れています。
AI管理時代の身近な技術として、まずは、自動車の運転をAIに託すという、自動運転がありますが、その技術は一段と加速をつけると思われます。

先に書きましたが、人類が構築してきたありとあらゆる情報や知的資産をすべて学習させることが、AIが独自で成長する元になるわけですから、我々の個人情報を隠したい人は隠せばいいとは思うのですが、正確な情報を与えれば与えるほど、AIは深層で学習し続けますから、個人の心身のメンテナンスも完ぺきに熟していただくには、個人情報保護などと拘っているどころではありません。 
つまり、AIの完成と実用を目の前にして情報を隠すことの無意味を知るべきだと思うのです。むしろ、進んで情報を与えた方が、我々により貢献してくれると思うのです。

そんなことから、これからのAI時代を目前にして、その核となる量子コンピューター開発過程での「暗号化」に、果たして意味があるのだろうか・・・。と、そんなことを思ったのです。

悪さをすれば、即座に個人を特定し、その悪さに対してAIがその罪に、見合った判断、裁判をし、刑を執行する。
そうなれば、誰もわざわざ罪など犯そうとしなくなると思われます。

情報を与えなくては、AIは、完璧な「平等」を実現できないはずですから、まずは、この技術の先端を走っている現在の中国のように「個人情報を保護する」などというバカげた価値観を捨てることが、より完璧に近い、良い意味での管理社会になり、例え誰かが他人の情報を抜き出しても、即座に誰が情報を抜き出したかその個人を特定してしまえるような、そんなことが可能になり、犯罪もなくなると思うのです。

でも、犯罪が無くなり、何でも手に入るようなそんな世の中になった時、その時こそが、真に我々がなぜ、何のために生まれて、この地球に生命を繋いできたのか、その疑問を、AIがどう納得させてくれるのか、楽しみなことではあります。


シンギュラリティ | 10:24:49 | Trackback(0) | Comments(0)
スリー・マハー菩提樹直系の菩提樹、育ってます!
F4448E1D-7DB8-49FF-9E31-A4C7B28B1B18.jpg


今日は、2500年ほど前に、北インドの小さな国、シャカ国の王子ゴータマ・シッダータという青年が、ガヤの地を流れるナーランジャナ河(尼蓮禅河)のほとりの大きなインド菩提樹の下で、悟りを得た日です。

この王子が、仏教の祖、お釈迦様です。

12月8日、今日は、お釈迦様が成道された日です。

仏教寺院では、成道を祝って法要が営まれます。これを「成道会(じょうどうえ)」といいます。

「仏陀」とは、本来、覚者(悟りを得た者)のことを言いますが、お釈迦様のことを仏陀の代表として、一般に「仏陀」と言えばお釈迦様のことを指すようになりました。
後に、釈迦が悟りを開いた地を特定して、ビハール州ガヤ県の『ブッダガヤ』と呼ぶようになりました。

私は、ブッダガヤへは、2014年に巡礼したのが最後ですから、元気なうちに、もう一度、お参りしたいと思っています。

画像は、その2500年前のお釈迦様がお座りになった大菩提樹の直系の菩提樹の枝を挿し木して育てた苗木の下に、小さな禅定印の釈迦像を置いて撮影しました。(※10月に仏教クラブ主催の三宝の集いで出店していただいた「寺の友社」で買い求めた苗木。無事に育ってくれるのか、この冬を越してくれるのか・・・ですね。)

この仏陀の菩提樹直系の大菩提樹を、スリー・マハー菩提樹といい、スリランカのアヌラーダプラに現存する菩提樹を指します。

紀元前3世紀に当時インドで栄えていたマウリヤ朝アショカ王の王妃、サンガミッタがブッダの座った菩提樹の枝を挿し木して育てた苗木を運び、このアヌラーダプラに植樹したとされ、今のインド、ブッダガヤのマハーボーディ寺にある菩提樹は、このアヌラーダプラにあるスリーマハ菩提樹から数えて三代目だそうです。

2014年に巡礼した時のブッダガヤの動画です。
https://www.youtube.com/watch?v=8X33Zq6CeH0&feature=youtu.be



うんちくひけらかし | 11:20:19 | Trackback(0) | Comments(0)
時間に余裕ができたのですが・・・。
白描画の倉庫表紙 
ほぼ、3年間更新できていない『白描画の倉庫』の表紙


今朝、このページを開くと、一か月間、記事を書かなかったので、CMが表示されていました。
ですので、ちょっと何か書いてみます・・・。

先日のいくつかの大きな台風が、全国各地に被害の爪痕を残した頃、昨年の1月に仏画制作のご依頼を受け、他の仕事の合間に進めてきた下図が完成しました。
お施主に確認をしていただこうと、その下図の縮小した図をメール添付し、これからの彩色作業の日程等をお知らせしました。すると、そのメールを読んだ、お施主より折り返し電話がかかってきました。
「先日の台風で、本山の被害が大きく、多額の寄進を課せられたので、お願いしていた仏画の制作は、しばらく保留にして欲しい。また予算繰りがついたら、お願いする。」ということで、思わぬところで、当工房にも台風の被害が及んできました。

9月から11月までの期間をその図の制作に充てようといろいろ調整して、まとまった時間を作ってきたのに、年内の残りの時間に大きな空白ができてしまったことになります・・・。たいへんです。

・・・でも、私の正直な気持ちは、実は、その期間内での完成は少々無理があって、その期間中には、他の一切の仕事ができないということと、手足となってくれる、現在は二人居る弟子のうち、一人は美大出身とはいえ、まだ2年目です。
体力に自信がもてなくなった私自身が、夜も遅くまで筆を動かさねば完成できないので、それなりに覚悟をしていました。そうです、けっこうなプレッシャーを感じていました。
むりやり作った3ヶ月という貴重な時間でしたが、それが台風のおかげで、自由な時間となった今、たいそう気持ちが楽になったのです。

と、少し気が緩んだのですが、でも、頭の片隅から離れない仕事が他にもあったのです。よくよく考えたら、他にお待ちいただいている方が、何人かお出でになることを思い出しました。
メモを見てみると、古くは、5年前に口頭だけで聞いていた注文も何件かあるのです。
これ等の、愛想か本気か見分けのつかない口頭だけでお聞きしていた仕事を具体的な仕事にするのには、少しばかりエネルギーが必要です。
お施主に、今もその気持ちがあるのかどうかお聞きするだけなのですが、あまりに長くお待たせしていると、怒ってるだろうなぁと、気を回し過ぎ、気が引けてしまうのです。
それに、長らく気になっていたのが、私が一人で運営管理するネットショップの「白描画の倉庫」。
本業の忙しさから、もう3年ほど新しい白描画をまともにアップしていません。これも、年のせいか、アップする作業が億劫になって、どんどん後回しにしてきたのです。
注文フォームの「当工房に何か、ご希望は?」というアンケート欄では、「新しい白描画を期待しています。」が、多いのが気になっていました。
このすっぽり空いた時間、きっちり埋まってしまいそうです・・・。


うだうだ | 11:26:32 | Trackback(0) | Comments(0)
次のページ

FC2Ad