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NHK Eテレ「日曜美術館」(毎週日曜日 午前9時より放送中)
収録風景02
NHK日曜美術館の収録風景2017年1月10日


 昨日は、午後から、NHK Eテレ「日曜美術館」(毎週日曜日 午前9時より放送中)の収録が、我が工房でありました。
1976年に放送がスタートして今年で放送40周年だそうです。
私も若い頃、気になる展覧会や作家の放送があると必ず観ていました。
「常識に囚われず、いつも自由に美術を楽しみたい」という思いから始まった番組だそうですが、そういえば確かに自由過ぎて、あれっと感じる内容もあったように思います。
この歴史ある番組に、私なんぞが出演することになるなどと微塵も考えもしなかったことですが、このまま進むと2月5日の放送で昨日撮った内容が流れることになるのです。

『熱烈!傑作ダンギ長谷川等伯』(ダンギ:「談議」のことだと思います)という主題で、

1、等伯が目指した「静かなる絵」
2、下積みが育んだ人気絵師 
3、優しい眼差しにみる等伯その人、

の3つで構成されるそうです。

ディレクターのお考えが、その完成された番組を観てみないと、どう表現されているのかわかりませんが、たぶん、京の都に出てくるまでの等伯が仏画を描いていた時代を下積み時代ということで、スタジオに招いたゲストの、小説『等伯』で直木賞を受賞された安部龍太郎氏等3名(他は未定)に等伯像を談議していただこうということのようです。
昨日、収録した私の急ごしらえのコメントは、ここではまだ書くことは控えますが、今回の等伯を勉強し直すきっかけをくれたNHKに感謝しています。
牧谿や雪舟、明兆等、等伯さんが影響された『絵』に私自身が触発されたのです。
今からどこまでできるのかわかりませんが、あらためて『墨』の表現に向き合いたくなってきました。

※なお、この番組「日曜美術館」
2月5日は   9:00~ 9:45
2月12日は 20:00~20:45(再放送予定)
初回放送より2年以内に地上波にて4回の再放送
国際放送2回  在留邦人向けNHKワールド


で、放送されるようです。
収録が終わった今、改めて番組趣意書を読んでみますと、こんなに再放送されるわけですから、今更ですが、緊張しております( ^_^;

【追加記事】
2月1日、TV朝日の人気番組「ぶっちゃけ寺」の制作スタッフから「13日に放送する番組中で、二十五菩薩来迎図の絵を使いたいので、ジグソーパズルの原画の画像データを貸してくれないか?」との電話がありました。

画像の下にクレジットを入れていただけるのならということで、お貸しすることにしました。
ジグソーパズルを作る時のデータなのでメール添付できるようなファイルサイズではありませんから、ギガファイル便にて送付して差し上げました。
この図を元に、二十五菩薩来迎のことを説明されるようです。

このところ、TVづいておりますが、NHKeテレ「日曜美術館」の再放送の次の日ですので、当工房で制作した『二十五菩薩来迎図』も、この流れでついでにご覧頂けばどうでしょう? 
番組内容の話題そのものも興味深そうです。
しかし、最近のTV制作、ネットで何でも情報が手に入るので、昔に比べるとだいぶ楽になったようですね。

【追加記事への追加】
先ほど(日曜日の午後1時過ぎ)「ぶっちゃけ寺」のスタッフよりメールが入り、二十五菩薩来迎図の説明をしないことになったので、ということでお詫びのメールが入りました。

お世話になっております。先日はありがとうございました。
この度、放送内容が一部変更になりまして、二十五菩薩の説明がなくなってしまいました。
お忙しい中、迅速なご対応して下さったにも関わらず、このようなことになりまして大変申し訳ございません。
何とぞ、ご了承下さいますようお願い申し上げます。

 株式会社テレビ朝日 総合編成局   第2制作部 「ぶっちゃけ寺」〇〇〇〇

ということで、やはりテレビ番組の制作といいますと、ネットの普及により、資料集めや人材集めの為のコンタクトが簡単で容易になったせいもあるのかもしれませんが、やはり安易な制作姿勢が見えてきますね。
いろいろな人を巻き込み迷惑をかけているのでしょうねぇ・・・。
この「ぶっちゃけ寺」に出演し、がっかりした知人も居ますので、想像がつきます。
どんな番組になったのか観てみないと分かりませんが、ここは、きびしい目で観ることにしましょう(^o^)



仏画 | 10:03:08 | Trackback(0) | Comments(0)
昨日、朝一で、慣れない東京へ行ってきました。
Hojo-ji_temple.jpg P1060943.jpg P1060932.jpg 褒賞状


昨日、朝一で、慣れない東京へ行ってきました。

昨年、当工房で完成した両界曼荼羅が、昨日、東京西早稲田にある松光山 放生寺において開眼法要が営まれ、高野山真言宗管長猊下中西啓寶大僧正をご導師に、入仏開眼されました。
法要に続いて、式典では筆者の私に中西猊下より直々に「褒賞状」を手渡して頂きました。

また。原本所蔵の東寺の砂原管長猊下からも、この放生寺に描いた曼荼羅を、正式に「伝真言院曼荼羅放生寺本」と認定され、その旨の書いた書状を祝宴会場で公開されました。

この世界最古の彩色曼荼羅、一級国宝指定、伝真言院曼荼羅、西院曼荼羅ともいうのですが、写本を正式に東寺(教王護国寺)が認めたものは、1100年間でこれが三作目だそうです。

と、いうことは、私で三人目? 身の引き締まる思いです。



仏画 | 11:09:08 | Trackback(0) | Comments(0)
堂本印象名品展に行って来ました


友人に招待券を頂いたので、12日の日曜日、堂本印象美術館で開催中の『堂本印象名品展』に自転車で行ってきました。

雨続きの日が続いたので久々のサイクリンクです。朝の10時に出発し、午前中に帰ってこようと思っていたのですが、いろいろ寄り道をしていると到着が、11時半頃になりました。
自転車はこれが良いのです。

どんな細い路地でも入って行け、都人の住空間に入り込めます。

実は、印象が32歳の時に描いた『維摩居士』に会いたくて久々に行ったのです。

この絵に漂う霊気のようなものが凄くて、私もいつかはこんな絵が描けたら・・と思っているのです。
私はすでに64歳ですから、印象は今の私の年齢の半分で描いたということになります・・・。

印象は、27歳で絵画専門学校に行くまで、京都の龍村美術織物で社員として、図案を描く仕事をしていたそうです。

ここまでは、私と同じなのですが・・・。

私は、彼の「絵描き」としての画風の変貌に共感できます。

仏画を始めとする、古画の模写で力をつけ、仏画から具象、印象派、抽象派まで、日本画家の枠をはみだし、「芸術の旅人」といわれるぐらい画風が変貌して行きますが、その根底に流れるその日本の美意識は彼の内に浸み込んでいたのだろうと思います。

良く理解できます。

結局、工房に帰ってきたのは1時を過ぎていましたが、冷蔵庫の残飯で昼食を済ませ、先日アマゾンから届いて本棚に立てかけておいたブルーレイ、「インターステラー」を鑑賞しました。

この映画、なかなか魅力的な映画なので、SF好きの方には絶対お勧めです。4次元、5次元の世界観が描かれています。


仏画 | 08:50:32 | Trackback(0) | Comments(0)
安達原玄先生のこと
本日、群馬県から当工房付属のギャリー、仏画館に来客があった。
今月の28日からこのギャラリースペースで両界曼荼羅を描き始めるので、この仏画展示ギャラリーを2年間ほど閉めることになっていたのだが、ぎりぎりセーフだった。

二階の工房で、当麻曼陀羅と小品の制作。
同時に一階のギャラリースペースを工房にして両界曼荼羅の二作を並べて制作しようとしているわけだから、この年齢にして、たいへんな肉体労働となることは確実である。

この来客、たまたま、当工房で修行中の弟子の実家と近いという事で、その弟子に対応してもらった。
世間というのは狭いもので、弟子の母親の実家も良くご存知ということのようだった。
その方はお年が64歳ということで私と同じ御年。
山梨県の安達原玄先生のところで写仏を習い、退職後3ヶ所の教室で写仏を教えておられるということだった。

その方のお話の中で、今月9日にその安達原玄先生がお亡くなりになったとのことをお聞きした。

安達原玄先生といえば、2002年に私の故郷、五個荘町(現東近江市五個荘)主催で、『藤野正観の仕事展』を催してもらったことがある。
初日だっただろうか、京都から車で毎日出かけたのだが、開館前の早朝の入口に、緑色のドレスに身を包んだ上品な中年の女性が、入口を脊にこちらを向いてたたずんでおられた。

私が近づくと、その女性も近寄って来られ、挨拶を受けた。

「安達原と申します。藤野先生でいらっしいますか?」 安達原・・・? 「あぁ、あの安達原先生ですか!」とビックリする私。

私が仏画を描き始めようと、手当たり次第に資料本をかき集めていた頃、その中にこの安達原先生の書かれた、「写仏教室」という本もあったことを思い出した。

こういった類の写仏や仏画の教本で、仏画とはこういうものか、出版された先生方には悪いがこの程度で良いのか、この程度の描画力でいいのかなどと、それまでの自分の勉強してきた描法に確信と自信を持つことができ、当時の仏画制作の現状を知ることができたわけである。

朝から昼過ぎまで、ご一緒に食事を摂りながら、いろいろお話をお聞きしたり私も仏画に対する思いを語ったりと話が弾んだ。

その長い話の中で、印象に残った話で、今も気になっていることがある。

先生がお亡くなりになったとお聞きして、未だに私の仏画に対する想いが伝えられていないことが心残りであり、かといって、その役が私にとって適人かどうか、自信がないところでもあるのだが・・・。

その話というのは、こうだ。

その当時、私が中外日報にエッセイかコラムか何か知らないが書かせていただいていた。
隔月で6年ほど続いたと思う。

その記事の中で、現代の仏画関係の出版物や仏画教室、そして描法が、あまりにも素人相手の無責任な指導内容に対して疑問を書いたのだが、先生はそれをお読みなって気になっておられたらしい。

「私は、曼荼羅に出会い、その白描を写すことで満たされ幸せを感じている。その幸せを一人でも多くの方にも経験して頂きたくて、勧めもあって本を出版した。
(写仏)と言う語句も、日貿出版社の石田編集者と造語した。このことに後悔はしていないが、確かに先生(私)の言われるように、伝統的な仏画の制作を目指す方にとっては間違いが多いと思う。
自分も仏画展の案内を頂き、東京に出向いてもがっかりすることが多い。これも、私がこういった素人にも描けるといった写仏を広めたせいで、伝統的な仏画の制作と勘違いされた方が増えたのではないかと思っている。このことに責任を感じている。
今日、山梨から出向いた理由は、伝統的な仏画を制作されている先生(私)に仏画の体系化をお願いしたいという思いで来たのです・・・。」
簡単にまとめると、こいうことだった。

私は、当時はまだ52歳で、仏画を描き始めて未だ18年程度。
まだまだ駆け出しの仏画制作者で、今もそうだが、いただいた仕事を一生懸命しなければご飯が食えない身だった。
なので、「仏画の体系化など、現役を退いてからのご奉仕仕事ですね。」などと、こんな意味のことを、お伝えしたのを覚えている。

今年の10月で、私は65歳になろうとしている。

せっかく、遠方から来て頂いた先生に対し、あの時の私の返事は、あまりにも現実的で生活じみていて、先生の想いや期待にまったく応えられなかった。

私の考え方をきちんとまとめて、お知らせせねばと、ずっと気になっていた・・・。
いづれ、手紙を書いて読んでもらおうと思っていたが、さて書こうとすると、構えてしまいうまくまとまらなかった。
その後、先生からのお手紙や展覧会のご案内をいただく度に、そのことが気になり、先生への申し訳ない思いが増幅していった。

私の母親と同じ年の86歳で、あちらへ逝かれたことになる。
私が初めてで最後にお会いしたのが、逆算すると73歳だったということになる。
そんなお年だったとは、あのソフトで燐としたお姿から感覚的に感じ取れていなかった・・・。

このページを借りて、先生のご冥福を心から祈念しよう――。



仏画 | 18:06:25 | Trackback(0) | Comments(0)
京都・仏画館のただ今の陳列作品


京都・仏画館
は、8月末の「西院曼荼羅復元図」の完成披露展に続き、元禄本の両界曼荼羅(仏画工房 楽詩舎蔵)の写本をメインに展示替えをしました。

今回の完成披露展では、あらためて、曼荼羅のファンが多いことを再認識したわけですが、実は、当工房には、1997年に彩色が完成した、東寺に伝わる元禄時代に描かれた元禄本の縮小図があったのです。
縮小図といっても、先日、展示した「西院本」と同じぐらいのサイズです。

2年を費やして描き上げたまでは良いのですが、依頼してきた、ある出版社が内部崩壊の末、解散。責任者の社長さんも担当者も行方不明・・・。どこの寺の依頼であったかも分からず、結局、無収入のまま2年が過ぎたことになります・・・。

ということで、当工房に残ったのが、幸か不幸か、この曼荼羅です。

でも、この曼荼羅、過去に何度か自治体や新聞社で催していただいた「藤野正観の仕事展」では、メインの作品として会場を盛り上げてくれました。

なかなか、貧乏工房がこんな大作を手元に置くことはあり得ません。

また、ご寺院では、内陣に掲げられ、間近では観ること、拝むことができません。

ぜひ、ここ、仏画館に来て、仏画に癒されて下さい。 入館は、無料です。

京都・仏画館




仏画 | 10:53:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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