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藤野正観のちょっと書いてみます(2018年7月8月号最終原稿より) 
2018-7月8月号用 -善峯寺寺宝館文珠堂の玄関ロビーに常設展示されている正観筆「釈迦金棺出現図」
善峯寺寺宝館文珠堂の玄関ロビーに常設展示されている正観筆「釈迦金棺出現図」


話をするということ

 今回のこの記事をお読み頂くと、この「正観のちょっと書いてみます」は終了となります。長い間お読みいただきありがとうございました。
三年間、このような拙文をお読みいただいた読者の皆様に申し訳ないやら、恥ずかしいやらで、一ヶ月に一度の投稿は、私の作文力からいいますと、きついものがありました。でも、こんな稚拙な文章ですが、それでも数日は時間を費やしていたのです。
 当初、仏絵師としての経験談等、一般には知られていない何かを書くつもりだったのですが、いつの間にかネタ切れ、その後は勝手気ままに〆切間近時点の私の頭の中の大部分を占める出来事を書いて来ました。
 で、最終回の原稿を書かなくてはならない今、私の頭の中で気になっていること。一人の仏絵師がこういった記事を書くことにも繋がることなのですが、昨日から週に一度、西国二十番札所善峯寺の寺宝館文珠堂で、私が関東方面から来られる観光客に案内とちょっとしたお話をする事になったのです。
 京都仏教会の協力で企画されたこの旅行、副住職が仏画教室で講義中の私に、「京都仏教会の企画でこんな計画があるのですが、藤野さん、少しの時間で良いので、寺宝館でお話してくれませんか?」と企画書を見せながら依頼がありました。講義中でもあり内容をよく確認しないままに、少しの時間ならということで、「いいですよ!」と了解したまでは良いのですが、一週間に一度、七月いっぱいまで続くそうです。いや、その先も参加希望者があれば計画にいれるとかで、ちょっとこれは、時間を取られ過ぎで仕事に支障が出て困るのですが、でも、ま、了解の返事をしてしまった以上、やるしかないようです。
 と、いうことで、仏絵師の私が寺宝館をご案内することになったのですが、五代将軍綱吉のご母堂、桂昌院の寄進した寺宝がほとんどですので、この解説などは少し勉強しておけば何とかなるとは思うのですが、たぶん参拝者は、特別講師の仏絵師に何かしらの期待をされて来られるはずです。
この記事もそうなのですが、仏絵師の立場から何かをお話しすることは、例えば仏画に興味をもった仏画教室の生徒さんになら、材料論、描法、仏画の歴史等、興味をもって聞いていただけるのでお話も盛り上がるのですが、さて、寺院には興味はあるが、仏画には特に興味はないといった方々の前で、お話をするのは、なかなか難しいものがあるのです。極端に言えば、「仏画」の語句さえも聞き初めといった方も居られ、どこからどの程度説明すればきちんと興味をもって聞いていただけるのか、悩むところなのです。
 時々頼まれてお話させて頂くこともあるのですが、この時は、仏画というものを簡単に説明して、私自身の半生を語る事にしています。自分の人生や仏画のことなら事前に勉強しなくてもありのままお話すれば良いわけですから、私としましては、比較的自由にお話しすることができるのです。
 初日の六月八日、寺宝館へ案内されて入って来られたお客様が、仏画にどの程度ご興味をお持ちなのか、まずは、この辺りから探りながら順に展示品をご案内し、正観筆の桂昌院ご肖像の前で善峯寺と桂昌院のご縁についてお話しし、続いて玄関に掲げてある珍しい釈迦金棺出現図の前で、釈迦の蘇生についてお話ししたのですが、到着の時間や滞在時間も毎度違うようです。慣れない私には甚だ困難な事となったのですが、善峯寺の観音様から、今後の私の有り様の一端を示唆されたようなそんな気がしています。


冊子原稿より | 09:38:05 | Trackback(0) | Comments(0)
藤野正観のちょっと書いてみます(2018年5月号原稿没記事) 
没2018年5月号用-小さなポリープが2個あるが、異常なしと診断。(担当医師の説明より)
小さなポリープが2個あるが、異常なしと診断。(担当医師の説明書)


大腸検査
(この記事の代わりに、「三宝の集い」の広報記事に代わりましたので、同じ内容でブログにアップしてありますがその没記事をここでは記録掲載しておきます。)

 前号では、尿路結石の激痛の中でこの原稿を書きましたが、その二日後には、小便と共に排出となり、おかげ様で一件落着。 
 年を重ねると、日々今まで経験したことのない体調の変化に遭遇します。その尿路結石が出た数日後、泌尿器科で造影剤入りCT撮影の結果を見ながら、「石が出て良かったのですが、腎臓にまだ三個、小さな結石がありますねぇ・・・。医師は、気の毒そうに言います。私は、苦笑するしかありません。その時、その医師は、「それと・・・、大腸にケイシツがいくつかあるので消化器科で診てもらった方が良いですねぇ。」と言います。「何ですかそのケイシツって?」と私。
「憩室」と書いて、大腸の内側にいくつかの窪みができていて、その窪みに大便が溜まる可能性があります。炎症を起こすと腹痛が起きたり、最悪、癌になることもあります。」と念を押されます。「消化器内科を紹介しますので、受診されますか?」ついに、その時がやって来たのです。
今まで胃カメラと大腸検査を極力避けてきた私ですが、覚悟しました。
 一週間後、その消化器内科を受診しますと、前号で書きました、あの四年前に救急外来で診て貰った若い美人女医さんが担当でした。あれから四年。あの時の話をしてもお忘れでしたが、女性らしい優しい言葉の応対に、経験を積んだ医師としての落ち着きと自信が感じられます。
 「大腸の憩室は、お年を召された方なら誰にでもあり、そんなに心配されなくてもいいですよ。」と、図に書いて説明してくれます。泌尿器科の医師は、最悪癌に変化すると脅しましたが、この説明で私の不安が一気に無くなり、この医師の言う事なら全て受け入れようと、そんな気分になりました。
「藤野さん、この機会に大腸検査や胃カメラ検査を受けてみませんか?」
消化器内科を受診する段階で、覚悟を決めていた私は、その美人女医さんの優しいお勧めを拒む理由はありません。一週間後の昨日、大腸検査を生まれて初めて受けてきました。
 検査日の数日前から、通常野菜や海藻などの健康に良いとされている食品の摂取を控え、前日の夜から下剤を飲み、朝までに出るものは出します。当日、本人は運転して帰るなという注意書きを厳守し、「私なんか一人で行って、一人で帰って来たわよ!」と言う妻に付き添われ受付を済まします。
その日、検査を受ける人は、女性も含めると十五人くらい居たでしょうか、午前中は、洗腸液や水をたらふく飲みます。その間十回ぐらい排便し、その色が透明になるまで飲み続けます。初めての経験ですが、見事に透明できれいな水が出た時には感動ものでした。
 男女それぞれが、入れ代わり立ち代わり頻繁にトイレに行きますので、妙な連帯感が生まれます。大腸癌と宣言された患者さん等、何度か経験されている方がほとんどで、初めて体験する私は、「痛いですか?」と不安感丸出しで聞きます。この質問を、怖がりの私は医師にも聞いています。
 面白いことにその応答は立場によって全く違います。患者側の応えのほとんどは「下手な医師に当たると痛いですよ、何度か経験しましたが痛い時も平気な時もありました。」一方で、医師や看護師に聞くと「患者さんの大腸の構造によって個人差がありますのでいろいろです。」と濁します。
私の場合は・・・、『痛かったぁ!』
ほぼ一日かかった検査結果、二個の小さなポリープがあるものの、異常なし。二週間後は胃カメラです。 


冊子原稿より | 09:43:16 | Trackback(0) | Comments(0)
藤野正観のちょっと書いてみます(2018年6月号原稿より)
2018-6月号用 -三宝の集い
「2018三宝の集い」のチラシより


三宝の集い

 私は、『仏教クラブ』という宗派や僧俗の枠を越えて活動する団体に二二年間在籍しています。この冊子に私の拙文を掲載していただくことになったのも、この会に寺の友社の社長・正垣肇氏も在籍され、彼とは運営委員としても会合に出席する機会が多く、お出会いすることも他の会員よりは多かったのですが、そういったご縁で書かせて頂くことになったと記憶しています。
あと、一回で三〇回。つまり年に一〇回の配刊ですので、三年間に渡り書かせていただいたことになります。
毎回、寄稿するたびに「こんな原稿で良いのかな?」と思いつつ、原稿を書かなければならない〆切間近の私の頭の中にある出来事や思いを文章にしてきましたが、私の寄稿も残すところ、あと一回となりました。
そんなおり、その私たちの所属する仏教クラブが、昭和三八年に創立以来続けてきた、会員や高僧、名家の揮毫によるチャリティ「三宝の集い・墨蹟展」を一新、新事業を企画しました。
昨今の住宅事情として、墨蹟を飾る「床の間」が無くなったという、実にリアルな問題が浮上し、ここ数年においては売り上げが落ち込み、運営委員会で議論を重ねた結果、「続ける意味がなくなった」という結論に達したのです。私は、「続ける意味が無くなった」という結論には、あまり共感できなかったのですが、墨蹟という「文言の宝石」を展覧すること自体は、例え利益が無くても続ける意味があるし、我々しかできない展覧会だと思っていたからです。でも、これは多数決で決まったことですので、運営委員としてはこの秋の十月に開催するこの新企画を成功させねばなりません。

先月号では、この秋の十月に開催される新企画のチラシを「寺の友社」に作っていただいた関係もあり、私の拙文と差し替え、いち早く掲載していただきましたので、読者の皆さんはすでにご周知のことと思います。
 正垣社長には、ご自分の会社で配刊されるこの冊子上で、新企画を広報することをご快諾頂き、私は、クラブのHP運営を担当している立場からネット等を通じて、精力的に広報をすることになっております。
その新企画の内容はといいますと、当クラブには何人もの高僧が在籍されています。せっかくの人材ですから、お力を拝借ということで、今回からは、四名の高僧によるご法話を中心として、わかりやすい仏教を発信するという原点に戻り、「仏・法・僧の集い」を開催することになりました。

三宝の集い・四人の高僧による
「みほとけの心を語る」
 日時は、平成三〇年一〇月二〇日、土曜日の九時半開場、一〇時より午後四時半まで。
会場は、浄土宗総本山知恩院山門前の『和順会館』、入場は無料です。
お話頂くのは次の方々です。
森 清範  清水寺貫主北法相宗管長
中西玄禮 永観堂禅林寺法主・浄土宗 西山禅林寺派管長
有馬賴底  臨済宗相国寺派管長
本多隆朗 浄土真宗西本願寺派本願寺執行長
他に、国宝・知恩院御影堂修理に伴う文化財修復資料展示や技術の紹介と講演。今回、お話を頂く高僧にご揮毫して頂いた墨蹟色紙、計二十枚を抽選で会場の皆様に差し上げます。そして、各会員による出店等で盛り上げる「賑わい市」等。京都観光のおりには、このご法話を頂くひと時をぜひ、ご計画に添えて頂ければ幸甚です。

冊子原稿より | 09:34:06 | Trackback(0) | Comments(0)
藤野正観のちょっと書いてみます(2018年4月号原稿より) 
2018-4月号用 -尿路結石の種類とその部位(資料画像)
尿路結石の種類とその部位(資料画像)


三大激痛

 日曜日の夕方、突然、腰の後ろに鈍痛です。この痛みには記憶があります。結石の痛みに違いありません。二〇年前と五年前にも経験しています。

 五年前は、夜中の午前三時頃でした。お腹の辺りのがまんできないほどの激痛でした。朝、痛みが少しおさまってから近くのK病院の救急外来に掛かりましたが、その時の担当医は消化器内科の医師でした。お腹が痛かったので、もしかして腹部の癌かもしれない・・・と気弱な私は内心心配しながら診察を受けました。
 この時には、お腹が痛いというので、エコー検査や血液検査、胃カメラ、レントゲン検査、CT造影剤検査等を受けましたが、結果は、尿路結石。その日の救急外来の若い美人医師は、経験不足からか私の脂汗と悶え苦しむ症状だけでは、尿路結石を診断できなかったようです。
 苦しむ私を連れ回し次々と検査をした結果、「結石による激痛」という診断。原因が分かって、私以上にほっとされていたことを思い出します。

 今回の痛みは、腰の背中側なので、自分でも、「尿路結石」という判断ができました。また、夜中に苦しみ、救急車を呼ぶようなことになるのはゴメンです。痛み止めの座薬でも貰えればと、妻に付き沿ってもらって、あの時と同じK病院の救急外来に行きました。しかし、診て貰おうと入口に到着した頃には、痛みもすっかり無くなり、気分は元通り。歩いているうちに膀胱まで落ちたのかもしれないと楽観。問診表にも、痛みが無くなったことを書き、診察を待っていますと、真っ赤に血で染まったティッシュで親指を包んで、心配顔の妻と思しき女性に付き添われ、青ざめた顔の六〇歳ぐらいの男性が入って来ました。当然、私より先に病室に入り手当をして貰っています。痛みの無くなった私は、再発時の痛み止め薬さえ貰えれば良いので余裕です。 
 救急入口付近のロビーの椅子に座り、呼ばれるのを待っていますと、今度は、けたたましいサイレン音と共に救急車が入口前まで乗りつけました。
もう時刻は夜の九時を過ぎていたでしょうか。
 長靴を履いたままストレッチャーに寝かされた労働者風の男が奥の処置室に運ばれて行きます。それに続いて関係者でしょうか四五歳ぐらいの女性がラフな部屋着のままで小さな女の子が掃くようなピンクのキャラクター入りのゴム製のサンダルを掃いて現れます。その女性に続いて、お巡りさんが数人現れます。
 私と妻の坐る後ろのソファで事情聴取が始まります。お巡りさんは、場所柄小声で聞くのですが、その女性は臆することなく大きな声で応えるので待合ロビーに響き渡ります。
 どうも借金トラブルで、間に入ったストレッチャーの男が刺されたようです。新聞やTVで見るような事件がすぐ傍で語られています。

 私はと言いますと、今回も救急担当医は消化器内科の若い男性医師。エコー検査でも、結石が見当りません。念の為、軽い痛み止めを貰って帰ったのですが、その二日後、夜中に七転八倒、再度、泌尿器科に受診し直し、、強力座薬を貰い、今も「三大激痛」と言われる尿管結石に耐えながら、この原稿を書いているのです・・・。


冊子原稿より | 09:30:00 | Trackback(0) | Comments(0)
藤野正観のちょっと書いてみます(2018年3月号原稿より)
2018-3月号用 -筆者染織図案家時代の作品(左右が中振袖図案の一部、中央が帯図案
筆者染織図案家時代の作品(左右が中振袖図案の一部、中央が帯図案)


画歴、五十年

 今年の三月十四日で、画歴五十年になります。
 五十年前のこの日、滋賀県の五個荘から京都は桂の染織図案家・本澤一雄先生の元に弟子入りしたのです。
この日から師と寝食を共にし九年の修行に入り、やがて仏画に目覚め、今までに約四五〇〇点を世に送り出して来ました。
 我ながら、「よく生活できたものだ・・・。」と感心しています。

 最近、改めて過去を振り返る機会が多くなりました――。
 実は、昨年十二月の中頃に、関西テレビの「よ~いどん」のディレクターが、当工房に訪ねて来られ、取材を受けました。関西地方にだけ放送されている人気番組です。私の知り合いも何人か出演されています。
 最初の電話を頂いた時に、つい気軽にお受けしてしまったのですが、その番組は、一般大衆向けの娯楽番組で私のプライベートな部分にも遠慮なく入って来るはずです。電話を切った後、ちょっぴり後悔したのですが・・・。

 その数日後のロケ本番では、ほとんど打合せもなく、お笑いタレントさんが、偶然通りかかったような演出で工房に来られました。
 付属ギャラリーで、展示してある作品を目の前にしながら、仏画のことを楽しくお話したり、二階の工房では、描きかけの絵を前に、タレントさんのうまい話に乗せられて、これもまた、今までの絵描き人生におけるプライベートなエピソードもついついお話してしまいました。

 この番組、正月を挟んで、一月二十五日に放送されたのですが、私の絵描き人生を数分にまとめてご紹介いただき、スタジオのレギュラーやゲストが、私のことをネタにおかしく、楽しく、感心したりと、クイズを交えお話するという番組です。
 ギャラリーの作品や、私や弟子たちが工房で描いている様子をご紹介して頂いたまでは良いのですが、私の変わった人生をも紹介しようということで、私が、安定していた染織図案家という職業から、この先がどうなるのか分からないまま、仏画を生業に移行してゆく様や、その時の妻の心境などを取り入れ、ちょっとした私の人生ドラマに仕上げていました。
 番組中では、私の出番は僅か十五分 程度ですが、的確な編集でした。
 しかも、それは明るく楽しく編集されていて、当初、私が懸念した下世話な内容ではなく、けっこう充実した出来上がりでした。

 この番組の放送日には、関西の放送エリアの一部は、大雪警報が出ていた日で、皆さん、ご自宅でテレビをご覧になっていた為か、この番組の視聴率もかなりの数字だったそうです。
そのおかげか、関西に住む友人・知人達から数日に渡って電話やら手紙やらメールが殺到とまではいきませんが、「観たよ!」という連絡がたくさん舞い込みました。
 番組中のこの短いビデオ編集の為に、古いアルバムを引っ張り出し、色褪せた紙焼き写真を選んだのですが、私の人生が、年季物の走馬灯のように、私の頭の中を駆け巡ったのです。
 十八歳で京都に出て来て、絵筆一本で生活を始めて、もう五十年も経ったのです・・・。


冊子原稿より | 09:26:06 | Trackback(0) | Comments(0)
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