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「新・美の巨人たち」にちょっとだけ出演しましたが・・・
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テロップの文字が間違って表示された「新・美の巨人たち」


テレビ東京系列で放送中の「新・美の巨人たち」 仁和寺 観音堂壁画 に出演し、17日に放送がありました。その後、BS等でも何度か放送されたようで、今のところ知人2名より「観たよ!」という連絡がありました。

7月10日、東京から番組制作会社のディレクターとカメラ、音声の3名が来訪し3時間ほど、涅槃図を制作中の工房で撮りました。今日、そのディレクターからお礼の手紙と番組を収録したDVDが送られてきました。

ディレクターの番組制作に対する想いは観音堂の壁画を描いた木村徳応という今まで、誰も研究したことのない名もなき絵仏師にスポットを当てたいのだと言われます。
「名もなき絵師」というフレーズは、私が、私自身の事を説明する時によく使いましたから、お聞きした瞬間に木村徳応という絵師に親しみが湧き、私に何を求めているのか良く分からないまま出演を引き受けました。

ディレクターは、私に観音図のお顔を再現描画させ、その掛かった時間を観音堂に描かれた仏たちの数をかけると、観音堂の壁画を完成させた時間が、おおよそ分かるのでは・・・と考えたようで、私に観音図の胸から上を描くところを撮りたいので、完成図を撮影日までに用意しておいてくれと宿題を与えました。
また、岩の描き方でどうも描き忘れのような部分があるので、それも完成していればこうなるということで、撮影当日に描いて欲しいということでした。

また、今回の大きなテーマとして、壁画は徳応一人が描いたのではなく、何人かが描いたのでは?ということでしたが、職人絵師の私からすれば、当然、弟子たちと数人で描いたに違いないと思っているわけですから、今更何を疑ってるのか?という程度のことでしたし、壁画の描き方にしても、観音堂が完成してから足場を組み立てて描いたと、同番組に出演されていた、仁和寺の学芸員さんも慶応大の林温先生も、そして、文化財の修復を手掛ける(有)川面美術研究所の所長さんもそう言ってるということでした。

ところが、私はと言いますと、壁画の現状を見るにおいて、板を嵌める前に描かれたことに疑いを持ちませんでした。
私の推測は、現場近くに設けた仮設の画室に、壁となる板を計算(設計図)通り順番にきちんと並べ、全体に白土を塗って数人の絵師が描画したと思われます。
それは、それぞれの壁板による絵の ずれ でわかります。彩色の完成後に板を嵌めた時すでに微妙に合わなかったのだと思われます、それを裏付けるのは、その後の雨の吹き込みによる内側への雨の滲の垂れ跡。その垂れ跡は板を嵌めた後の垂れ跡ですから、当然、ズレがありません。
それと、堂内が暗かったので私もはっきりと確認できたわけではありませんが、盛り上げ胡粉は垂直の板での作業は無理だと思います。盛り上げ胡粉が乾くまで時間がかかりますし垂直の面では、流れ落ちてくるはずですから。
それらの物理的な状況でも分かるはずですが、何といっても、上部は足場で描けなくもないのですが、床近くの最下部に細密な図が描いてあるのですが、それが描き手として無理なのです。床が邪魔をして描けないのです。このことからも壁画は、板が嵌められる前に描かれていたと判断するわけです。

で、撮影日には、こんな内容のことを熱をもってお話ししていたのですが、結局、今、DVDを観ると、私の出番の内容と言いますと、当初の意図とは違い、観光案内的な内容になっており、内容の流れからして、専門的であまり必要ではない部分、手を抜いたのか、描き忘れかわかりませんが、その線だけで描かれた「垂直にそびえたつ岩山の表現」を実演した部分と、徳応さん一人が描いたのではないかもしれない。というコメント部分を採用していました。
ディレクターの当初の目的、多少専門的だったのか、彼の言う一番興味深い部分、主題が無くなっていました・・・。
たぶん、若いディレクターの想いは、作家やプロデューサーに無視されたのでしょう。

私のセリフで、『京都中から(絵師を)集めたとすると、それぞれの班を作ってその対象に責任を持たせたと思う。人物を描く人は人物、雲は雲担当が、木は木担当。みたいなことがあったのかもしれませんね。』
残念ながらテロップが間違っていました。「対象」は、「大将」という意味で言ったのです。大将、すなわちそのグループのリーダー責任者の事です。こんなところで、関西弁が災いとなりました。(笑)


TV出演 | 14:52:33 | Trackback(0) | Comments(0)