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仏絵師 正観

筆者:仏絵師 正観
2005年に書いた私の作文、仏画に魅せられて はここからDLできます。
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「西国三十三所 観音霊場 祈りと美」展 が始まった
西国三十三所 観音霊場 祈りと美 展 が奈良国立博物館で始まった。8月1日より9月28日までという長期にわたっての特別展だ。
九月からの結縁御開帳にあわせ開催されるもので、10月からは名古屋市立博物館でも開催されるようだ。
私は、このご開帳にあわせ、頒布されることになった13cm×8cmの「カラー御影」(と札所会では呼んでいる)の原画を依頼され、描いた。カラー御影は、このほどお納めした。魅力的な美しい御影ができたと自負している。九月から各札所で頒布されるはずなので、ぜひ、お求め頂くことをお勧めします。
三十三所すべて揃うと圧巻です。

で、この御影の原画であるところの、仏画なのだが、今、掛け軸となって、奈良博の新舘ロービ奥、つまり、「祈りと美展」をご覧になって、クタクタになって降りてこられたところの札所グッズ販売コーナーのまだ向こうに、よくわからないが、写真展と題して、この仏画(御影の原画)が展示してある。

昨日の内覧会で、はじめて展示状況を知って、ビックリした。

まるで、写真でつづった西国札所案内の雑誌の1ページを見るような展示構成で、同列に展示された御影を観て、描き手として、なんだか言いようのない寂しさがこみ上げてきた。

2年も3年も長い間制作を待たせていた他の依頼主に、西国のご本尊を描かせて頂くことになったのでと、私の一方的な都合で、それ等の仕事もむりやり後回しにお願いし、引き受けた仕事だった。

私が仏画を描いて生活させていただくきっかけが、今は亡き父親が西国を巡礼する時に描いた集印軸の観音図を描いたことだった。私にとっては、西国の観音様が私に仏画を描くきっかけをくれたようなそんな想いがあって、時間にほとんど余裕・・・いやぜんぜんなかったのだが、恩返しの意味でも、引き受けなければと思った。そんな経緯があった。

そんなことで、歴史ある札所のご本尊、つまり新しく彩色された「御影」が完成し、各紙で報道された。

この御影が、今、奈良国立博物館で開催中の「西国三十三所 観音霊場 祈りと美」展に平行して新舘一階ロビーに、特別コーナーを新設し、西国札所の四季折々を写真に収めたプロカメラマンの溝縁ひろし氏の作品と同じスペースに展示されている。

7月31日の内覧会で初めてこの展示を観た。
内覧前に私に相談して欲しかった・・・。
今となってはもう遅いかもしれないが、これをご覧になった一般の方はどうお感じになるのだろう・・・・。

たぶん、主催者側は、今時の美しいカラー写真満載の札所案内にしたかったのだろう・・・。

雑誌の特集記事の一ページのような展示方法に、私は透明アクリル板に収まったご本尊のお姿が、隣の写真と同列に無機質に感じた・・・。

筆者に何の相談もなく展示方法が決められる事、それ事態が始めての経験で、あり得ないことだった。
風景写真も展示するというお話は聞いていたが、まさかご本尊とワンセットで展示するとは想像していなかった。

御影は、札所のご本尊である。

札所の風景写真が美しいのは理解できるが、ご本尊の観音様の美しさとは別物である。

私が描いた御影だから言うのではない。
御影だけを、別のスペースで、もう少し厳かな雰囲気で展示して欲しかった。



テーマ:伝えたいこと - ジャンル:ブログ

うだうだ | 11:15:10 | Trackback(0) | Comments(0)
殺人を犯した者が、死後どうなるのか
無意味に殺人を犯せば、この世で裁かれると、普通は良くて無期懲役、わるくて死刑となる。
最近は、どんどん死刑の執行が行われていると聞く。

では、そんな大罪を犯した者が、死んだ後、あちらの世界でどんなふうに過ごすことになるのか、ちょっとイメージしてみたい。

私は、仏絵師なので、六道絵を描くことがある。

仏教では、それぞれが生前に行った善行、悪業の度合いによって、死後、生まれ変わる場所が、説かれている。私の仕事は、それを絵にすることにある。

現に、今、地獄図を描いている。

六道とは、まずは、天道にはじまり、人間道、阿修羅道、獣道、餓鬼道、そして地獄道と大きく六つに分かれる。
絶対、行きたくない地獄にはまた、等活、黒縄、衆合、叫喚、大叫喚、焦熱、大焦熱、阿鼻の八つの恐ろしい地獄世界があって、閻魔様等の裁きによって、責めの度合いが決められ、行く地獄世界が決まる。
亡者の生前の悪業がビデオ再生のように鏡に映る仕掛けがある。そこでは嘘は通用しないことになっている。

私は閻魔様ではないが、殺人を犯した者は、当然ながら地獄に堕ち、永遠に責め苦を受けることになると思う。

次は、仏教における六道思想をもう少し詳しく調べ、ここに書こうと思う。

仏教寺院は、30年ほど前から、このことを怠ってきた感がする。

このこと・・・、つまり、仏教の真髄であるところの人々を正しく、善良に教化すること。

嘘をついたり悪いことをしたら、地獄に堕ちるよ、ましてや殺人などしたら地獄に堕ち、地獄の責め苦に遭うよ・・・。
と、このことだけでも、幼少の頃の間に、丁寧に伝えておけば、刷り込んでおけば、脅しておけば、世の中は、もっと住み良くなるはずだった。

少なくとも、私の育った環境はそうであった。



うだうだ | 09:56:05 | Trackback(0) | Comments(0)
愛弟子のこと
昨日、私と同じ仕事を目指して、私の元で毎日修行している愛弟子が、我が娘に続いて結婚した。今日夕方、バリ島に旅立つ。

今からちょうど4年前のこと、洛西・西山にある善峯寺で仏画の展覧会を開催中の時のことだった。
一日中、私自身が会場に詰めていた、そんな時のこと・・・・。

息抜きにちょっと境内を散歩しようと、会場の表に出たところ、その会場を目指し、わき目もふれず、会場の玄関を目指し、こちらに歩いてくる、やけに背の高い若い女性が居た。

その彼女は、私の存在など目に入らない様子で、わき目もふらずというのか、大股に進み寄り、一直線に会場の中に入っていった。
私は、ただならぬ彼女の気配を感じたが、表に出たこともあり、予定通りに境内散策に出た。
そして十五分〜二十分後に戻って来るのだが・・・。

あまり入場者が居ない時間帯だったこともあり、まだ居る長身の彼女は目立った。
展示されている仏画の前にいかにも興味深げに、たたずむその若い彼女に、私からおもわず声をかけた。

彼女は、某有名大で美術を専攻している学生で、来年には卒業するのだが、進路を決めていないと言う。
いろいろ話をする中、彼女は東京まで出かけ私の過去に納めた仏画を見に行ったという。仏画を描く仕事がしたいのだが、不安で踏ん切りがつかない と、いったそんな若い彼女の情熱と、よく分からない仏画の世界に対して、将来を心配する不安な想いが、私にビシビシと伝わって来た。当たり前である。将来への不安はつきものである。
普段の我が工房の様子や修行の形態など、彼女のたくさんの質問に答えた。

その日、帰宅した彼女から、丁寧で心のこもった、しっかりした礼節を踏まえた大人の文面で、お礼のメールが届いた。若いのにしっかりした娘さんだという印象は、その後、何度か交わしたメールの内容でも確信できた。

ちょうど、その頃、私の息子も娘も私の仕事を継ぐ意思がないことや、その当時、私の元で修行中の二人の若者も、「今ひとつ・・・。」将来をプロとして生きようとするにはちょっと覇気がないなぁと、感じていた。
この先も長時間かかるような大きな仕事を入れるべきかどうか、ちゅうちょしていたような、そんな、私にとっても消極的というのか、そう、トーンダウンしていた時期でもあった。

そこに、将来を夢み、まじめで、素直で率直で熱心な彼女に遭遇したことで、彼女ならやってくれるかもしれないといった、そんな期待が自分の内に膨らんで来るのを感じた。

どちらからともなく、当然のような流れで、そうなったと思うのだが、彼女は卒業後、私の工房で勉強することになった。

早いもので、彼女が、私の工房に通って、三年半になった。
その三年半の間に、私の仏画人生の中でも数少ない、新聞ネタになるような大きな仕事二作に携わった。
今、あの懸念していた二人の先輩はすでに居なくなり、その逆に、年上だが二人の後輩が居る。

昨年は、彼女が、実質スタッフのリーダーとなり、各新聞で大きく報道されることとなった西国札所会の御本尊三十三体の御影を完成させるという私にとって原点ともいえる大切な仕事を手伝ってくれた。

今回、人生の伴侶とめぐり会えたのも、こういった一途で一生懸命な彼女を応援する大きな何かが、そうさせたのかもしれない。 

今後は、今までに増して、安定した心持ちで仏画の勉強に精進できることと思う。
そう思いたい。

志半ばの前途有望な彼女を妻にした新郎には、彼女の想いが成し遂げられるよう、彼女の想いを、二人の共有の目標として、二人で達成すべく、ご協力をお願いしたい。

それぞれの大切な目標に向かって、時には譲り合い、バランスをとりながら、しっかりと歩んでくれるよう二人に期待し、心からそれを祈念している。 



うだうだ | 12:09:26 | Trackback(0) | Comments(0)
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