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インド仏跡巡礼の旅
煩惱
長年、仏画を生業にしてきた私は、海外旅行というと、決まって東南アジアの仏教遺跡を目指した。信仰心のパワーを感じ、そして、そのエネルギーを頂戴しに行くのだ。
信仰心というものは、ど偉いものを創造するもので、世界遺産の建造物や美術品は、ほとんどが、その目的で造られている。もちろん、京都の文化も、そうなのである。京の町の構造も行事も生活もその仏教思想が根底にある。その仏教の源、釈尊の生きた北インドに行って来た。渇いた空気と土埃に喉をやられゼイゼイ言いながら二日前に帰って来た。

北インドだけは、私にとっても、特別の聖地なので、向こう側からお呼びがかかるまで、行かないことに決めていた。私の偏屈なところである。
ところが、ついにお呼びが掛かったのである。聖護院の宮城泰年師の発願とお誘いを通じて、聖地からお呼びが掛かったのである。それなりの意味があると信じる私は、二つ返事で仏跡巡拝の旅への参加を申し出た。ついに待ちに待った聖なる地、インドへ行くことができた。

京都仏教会の後援でもあるのでブッダガヤ、ナーランジャー河、サールナート、ラージギル、クシナガル、ルンビニと要所要所で、高僧たちと法要を営む。特にラージギル(霊鷲山)での夜明け前の護摩法要は、生涯忘れることはない。目連、大迦葉、阿難、舎利弗・・・十大弟子の専用冥想窟も実際にあった。いまさらながらだが、ほんとうだった。実際に弟子たちがここで、釈尊の説法を聞いていた。私自身、ずーっと前にここに居たような不思議な錯覚に見舞われた。

釈尊入滅の地クシナガルでの法要の最中である。私にとって大変な出来事があった。ビデオカメラを持っていた私は、旅の記録を撮っていた。読経が始まる頃、ビデオ撮影を休止し、私もそれに加わろうと、腰につけたバッグから珠数を取り出した。その瞬間である。なんとその珠数が無理矢理引っ張り出したわけでもないのに、バラバラバラと玉が抜け落ち、その釈尊の荼毘塚の前に散らばったのである。
慌てて、拾い集めようとしたのだが、「待てよ・・・これはここに置いて行け・・・ということか・・・」
いったんポケットに仕舞い込んだ珠数玉をもう一度取り出して辺りに蒔いた。
七年前に、ネパールを旅した時、釈尊誕生の地ルンビニまでは来ていた。その時買った珠数を、三年程前に京の老舗で仕立て直して貰い、それを使っていた。
珠数は、人間の持つ百八の煩悩を表わしている。
涅槃とは、仏教徒の目指すべき最高の境地である。すべての煩悩がローソクの火を吹き消すようになくなることを涅槃という。つまり死を意味する。
えらいことである。それに気づいたのは、ほとんどを蒔いてからである。
釈尊は、煩悩に支配されている私に、お前のこれからの人生は、ポケットに残こした十数個の煩悩のみで過ごしなさいと告げたのに違いない。
えらいことである――。


| 08:57:49 | Trackback(0) | Comments(0)

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