FC2ブログ
 
■プロフィール
■最近の記事

■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
そうだ京都行こう
二〇〇五年秋、善峯寺の紅葉にスポットを当て、JR東海のTVコマーシャルが流れた。「そうだ京都行こう」だ。
毎年スポットを当てる寺を変えているそうだが、善峯寺は、一九九九年春についで今年で二回目となる。今年は、放映十周年記念ということで、関西方面でも少し放映したようである。
私は、この寺のホームページの制作・管理を任されている。自分のサイトもほったらかしにして、かれこれもう六年もご奉仕している。仏画家がなぜ、そんなことを続けているのかは、また次の機会に書くとして・・・。
で、その五十万を超えるアクセス者の中から一つの質問メールが届いた。
観光文化論を勉強するある大学生からのメールだった。なんでも卒業論文にまとめたいのらしい。
「私は日本人の好きな風景の一つに、お寺の風景を挙げ、その理由には、樹木が関係していると考えています。
多くのお寺には、紅葉や桜といった四季を感じさせる樹木があり、そして、多くの人が樹木の織り成す風景を目当てに訪れているかと思います。そこで感じたのが、お寺と樹木の関係です。お寺はあえて風景のいい場所を選んでつくられているのか、もしくは、樹木を植えていったのか・・・。」

「そうだ京都行こう」のCM中では俳優の長塚京三氏が、「平安時代に、ここでなくてはいけないと、わざわざ場所を選んで造られたお寺でした・・・」と爽やかな声でナレーションを入れる。彼女は、このフレーズに心を動かされたそうなのである。

「もしくは・・・ではなくて、両方です。風景のいい・・・というのは、お寺を建立するのにはいろいろ立地条件があったようです。その中でも樹木に限って考えますと、俗世界から遠く離れ、鬱蒼と茂った樹齢数百年を超える杉木立も、さながら、その場所の安全な立地を証明していますし、仏法の興隆を願って建立するのですから仏様が末永く、そこに鎮座していて欲しいと願うことになります。
ただ、言える事は、実は現在も行われていることなのですが、奥山に開いたこの境内には後世には優秀な庭師が入り、回遊式庭園や数百年後を視野に入れ、境内はじめ、周囲の山々にも紅葉する樹木を植えているということです。
有名な清水寺も、寺の再建・修理用に、寺の裏山に植林をしていますし、必要に迫られ用意する樹木、それと仏様を荘厳するために植樹された樹木などいろいろあります。その中には多数の献木が含まれ、古来よりその人々の仏さまに対する崇高な祈りや帰依の心で育まれております。その風景なのです。だから、「日本人の心の風景」ですね。
この風景・・・この信仰から生まれ大切に守られてきた原風景が、飛鳥時代から続く仏教の教えを柱に我々の心の中、つまりDNAに取り込まれているような気さえします。
寺の存在と樹木の関わりは、いにしえの時を経たぶん、「祈りの情景」としてあるのではないでしょうか。
観光とは・・・単純に、他の土地を視察することをいいますが、その視察を自分のものにするか否かは、感じる者の知識や「常の想い」でおおきく左右されると思います。」と、こう返信しておいた。


うだうだ | 09:01:32 | Trackback(0) | Comments(0)

FC2Ad