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ご時世3 「戦い」
このブログ、面白そうなので、あまりシステムを理解しないまま始めたが、私の名前で検索をすると、1ペ-ジ目にこの「藤野正観の見聞録」が登場する。そうか、物凄い公開性があるんだ・・・。と今気がついた。

このブログを借りて、日頃の私の心の情景を描写しておきたかった。そう思って始めた。何でも「うだうだ」と書き連ねようと思った。

どなたか通りすがりの方が、うれしいコメントを残してくれた。たいそうに気分のいいものだ。
どなたか存じませんが、有難うございます。あなたとは、同じ価値観を共有しているようで気が合いそうな気がします。

直接コメントに対してお返事すればいいのだろうが、あえて、掲示板的なことはしないでおこうと、今決めた。

さて、本日はあまりゆっくり書いていられないのだが、本題に入ることにする。
私の少年期は、先に書いたように、五個荘町の北小学校というところで過ごした。この懐かしい校舎は、今はない。跡地に建売住宅が建ち並び、当時を偲ぶには、その片隅にあった幼稚園のたたずまいしかない。
板張りにクリーム色で塗られた園舎の壁は、やはり今はもうない。私の脳裏にあるのみだ。

私は、普段はおとなしいが、結構気が強く、理不尽な理由で喧嘩になると、たいそうな規模で大暴れ、今で言うと「切れ」ていたのかもしれない。危険な少年だったのかもしれない・・・。

小学生時代の6年間には数回しか喧嘩はなかったと思うのだが、おとなしい私に理不尽な「いちゃもん」をつけ、からかわれたり、いじめられそうになると、命がけで戦った記憶がある。

自分より、はるかに大きな身体の上級生に馬乗りになられ、降り積もった冷たい雪に顔を押さえつけられても、どうすることもできなかった、身動きすらできなかった、くやしい記憶がある。大きな力にどうすることもできない悔しさ・・・・。
今でも、その情景は結構あるからおもしろい・・・のだが・・・。

でも、その理不尽な理由で馬乗りになられ、冷たい雪に顔を押し付けられたことが、どうしても許せず、その馬乗りから開放された私は、親の居ない留守宅に泣きながら走って帰り、武器を探した。ちょうど、木製の雪かきスコップがあったので、両手でそれをしっかり掴むと、あの上級生が何事もなかったように遊んでいるところへ、もちろん、泣きじゃくりながらっだと思う。真っ直ぐ走り寄り、その木製のスコップを振り回した。もちろん切れているので、ムチャクチャだったと思う。

切れているといっても、ちゃんと記憶に残っているのだから、弱者の知恵だったのかもしれない、切れた振りをしていたのだ。

上級生は、血相を変えたが、「アッカンベー」をしながら逃げた。 
しかし、それから、その上級生からは、二度と理不尽な「いじめ」を受けることはなくなった。

ここで、私を擁護しておきたい。 泣きながら選んだ武器は木製の雪かきだったこと。これは、その上級生に対して、ちょうど適当な武器だったのだ。
鉄製のスコップもあったと思うが、本能的にというか、そう、その時すでに少年ながら、倫理が働いていたのだ。使ってよい武器や使い方もそして、戦わなければならない必要性も知っていた。僅か3年生ぐらいの頃だったように思う。

こうして、私の理不尽な原因による戦い(単に喧嘩)は、高校時代まで続くのだ。

 


うだうだ | 10:30:21 | Trackback(0) | Comments(0)
ご時世 その2 「保育園」
昭和25年、戦後まもなく生まれた私たち世代、特に私は滋賀県の五個荘町という田舎で生まれた。
そのおかげかもしれないが、農繁期にはいると一家で仕事をしなければならない為、育児もままならない。そういった田舎独特の文化なのかもしれないが、2歳児ぐらいから集落の中心にある寺の中にある保育園に預けられた。
国家の高度成長期を向かえ、共働きが増えた頃でもあった。現代とあまり変わらない状況かもしれない。
だから、農家であろうが、そうでなかろうが、この時期に生まれた子供は皆そういった保育園に預けられ、そしてその保育園の園長先生である寺の住職のお世話になった。保育園の庭は寺の境内。庭から見えるたいそうに荘厳された建物の中央に鎮座する神々しい仏さま、あの仏が何だったのか理解できるのにはその後、30年を要した。
しかし、その神々しさと、園長先生つまり、住職の価値観で、叱られ、褒められ、泣き笑いの時間の中で、2歳から4歳ごろまでだったのか・・・・その大切な時間の中で、今で言う、倫理道徳を学んだように思う。
誰の価値観でもない、住職の価値観による道徳だった。それは、仏教の倫理観と道徳だった。

かつての田舎には、仏教や神道、それに八百万の神々に対するいろいろな敬虔なる習慣があった。何も理由はない。
誰も何故そうするのか聞いたことはない。そこには、理由のない素朴な習慣と清浄な信仰があった。
意識をしなくてもそれがあった。
今から思うと・・・、そう、確かにそういったことだったように思う。


うだうだ | 08:42:33 | Trackback(0) | Comments(1)
ご時世 その1
近頃の子供も親たちも、考え方や思考方向が間違ってるように思う。
毎日のように信じられないような事件が報道され、どの報道がどの事件の続報なのかもう分からなくなってしまっている。

考えられないような思考・・・お互いが理解しあえないようなそんな寂しい時代がついに来てしまったのか。

直ぐ「いじめられた」と死を選ぶ子供や大人・・・。殺伐としたこのご時世は、やはり間違ってる。

ついに、箍(たが)がはずれてしまったのだ、グラグラ揺れ動き、やがて崩壊するに違いない。

なんで、この世の中、こんなことになったのだろうか・・・。

第二次世界大戦で負けたこと?→敗戦後の教育制度の間違い?→政教分離政策? しばらく考えてみたい。

うだうだ | 08:40:54 | Trackback(0) | Comments(0)
ニコニコ爺さん
毎朝見かけるニコニコ顔の爺さんが畑仕事をしている。毎朝、7時半頃工房に行く途中に出会う当たり前の光景だ。
その爺さん、背中が丸くて、痩せている。農作業用の比較的汚れた洋服をだらしなくまとい、多分、髪の毛もほとんど残っていないだろう頭には、今の時期には薄汚れた毛糸の帽子がずり落ちそうに乗っている。この毛糸の帽子、夏場には薄汚れたタオルに変わる。

工房に向かう為、車で通り過ぎるのだが、その爺さんが乗っていたと思われる、いや、顎を突き出し右左にフラフラと揺れながら乗っていたところを目撃しているので、爺さんの愛用自転車である。

その、自転車が道の中央辺りに斜めに停めてあるので、皆の通行の邪魔になっている。いつもの事ながら、ゆっくりとブレーキをかけ、自転車すれすれに徐行なければならない。本人は、我関せずと黙々と畑仕事をしている。
年中良く見かける当たり前のこの辺りの情景だ。

多分、畑仕事もなかなか要領よく捗っていないだろうことは容易に想像がつく。
彼のニコニコした顔には、こちらも気分が良くなるのだが、どうも、この笑顔、この爺さんの顔の造作で爺さんの面相のようだ。いつも同じニコニコ顔だからそう思ってしまう。

今朝も会った、そして、こう思った・・・。

彼の人生はまもなく終わる。長くても数年だろう。ある日の農作業中ポックリ死ぬのだろう・・・。毎日朝から夕方まで畑仕事、黙々とひたすら畑仕事。

大原野の広々した田園の中で、毎日毎日農作物の収穫を目標に生きているであろう彼の心の奥には何があるのだろう・・・。

誰かに、誰かに辛く当たったり、誰かを追い越そうと思ったり、悔しがったり・・・そんな感覚は、彼の場合、当の昔に無くなっているように思う。ただ、ひたすら毎日を農作業で時間を過ごし、もしかして、収穫の喜び、満足感さえもないように思われる・・・。

彼のニコニコ顔は、健やかに余生を送らせて頂けるという神仏に対する感謝の気持ちがにじみ出ているのだろうか・・・。


うだうだ | 14:24:12 | Trackback(0) | Comments(0)
ソフトバンク
私は、携帯電話は、ずーっとボーダフォンという社名の前からその系列の携帯電話を使っている。
ボーダフォンの前の会社名が思い出せないから困ったものである。

この度、ソフトバンクの経営に変わり、ポータビリティという携帯電話の番号を変えずに会社を乗り換えることができる素晴らしいシステムの導入が始まった。

我がソフトバンクはどんなサービスで、元の顧客を満足させてくれるのか、密かに楽しみにしていた。
孫さんのことだから、きっと携帯電話でも安価でインターネット使い放題ということをやってくれるだろうと期待していた。

ポタビリティ導入の一日前、孫社長より世間をアッといわせる、彼らしい発表があった。各営業店すら知らされていなかったという。

通話料はソフトバンック携帯同士ならどれだけ繋がっていても0円。

うそー!
「何かからくりがあるに違いない!」と用心深い人は疑った。

今、広告に誇大な表示があったと、世間が、いや、ドコモとauが騒いでいる。
読めないような字で、「21時から24時までの通話時間が一ヶ月で200時間を超えたら料金が発生する」と書いてあるらしい。
確かめると、どうもそうらしい。

「な~だ、0円って嘘なのか~」っと、世間の普通の人々は、そういいった感覚を刷りこまれようとしているが、私は、そうは思わない。

あいかわらず、孫さんは凄いと思っている。

今回の不祥事的な報道により、会社の存続を危ぶむ声も聞かれるが、それどころか私は、膨大な顧客の管理能力の徹底を促したいくらいだ。

限りなく0円に近い携帯電話を導入しない人はバカだ。

インターネットの常時接続の価格を世界的に見ても安価にしてくれたのは孫さんだ。
それまでの日本のブロードバンド環境の価格は高価だった。
NTTの独断場だった。NTTのやりたい放題だった。

回線の自由競争を持ち込んで世界でも一番安価な接続環境を作ってくれたのは孫さんだった。

だから、私は彼を信じる。

日本中の人がソフトバンクの携帯を持てば、無料で通話ができる。
実現して欲しい。

今の携帯電話より大きくても良い。モバイルパソコンと一体化し、ネットと常時接続が可能な、そんな携帯電話ができたら、即買いだ。

ソフトバンク頑張れ!!





ご意見 | 08:47:58 | Trackback(0) | Comments(0)
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