■プロフィール
■最近の記事

■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
弟子と学生の違い その1
今日は、弟子と学生の違いを考えてみることにする。

その1

あくまでも私の経験した弟子生活が私の「弟子」という立場の基本的な認識となっていることを最初にお断りした上で話を進めることにする。

このページの左上、私のプロフィールのPDFファイル「仏画に魅せられて」を読んで頂けると、次の流れがいっそう分かりやすいのだが、実は、私は今、仏画の制作で飯を食っている。いや食わせてもらっている。そのきっかけが、そのファイルに書いてある。
私がなぜ、仏画を描いているのかよく聞かれることがあったので、5年ほど前にまとめた記憶がある。

で、本題に移るが、高校を卒業すると同時に京都の染色図案家に内弟子として弟子入りする。
18歳、3月15日、確か運転免許を習得した翌日、京都の師匠宅に入ったことを覚えている。

新しい弟子生活は、朝7時に起床し、掃除、筆洗の水変えなど仕事の準備作業、朝食を終え8時半より12時まで技術習得の為の勉強と下働き。当然昼食後も同じことを繰り返す。18時になると夕飯、休憩。
21時より、自習、写生や線描きの練習、知識獲得努力。
この時間の有効利用いかんで、他の弟子たちとの差が出る。
0時~2時頃就寝。この繰り返しが三年続く。
4年目からは、準プロとして、師匠の仕事を手伝いながら実力をつけ、その仕事に対してはお給金も発生する。

最初の3年間は、お小遣い程度は頂けるのだが、その額が少なすぎる為、外に遊びに行く予算がない。これはよくできていて、遊び盛りの少年を家に閉じ込め、理屈なしに、いやおうなしに、修行に専念させることができるのだ。

つづく



うだうだ | 09:35:42 | Trackback(0) | Comments(0)
"習う"ということ  
以下は、1998年中外アートの原稿として書いたのだが、結局、他の原稿に書き直した経緯があった。
今も、私のサイトに掲載してあるのだが、時代の流れと共に良き師弟の関係が崩れていく中、もう一度 「弟子と学生とスタッフの違い」を考えることにした。伝承とは・・・伝統とは・・・礼節とは・・・私の大切にする日本の良き精神文化を守る為、考えるきっかけにしたいと思った。

------------1988年に書いた未掲載原稿より---------------

私の工房では、仕事を通じて「仏画」の勉強をすることになっているので、勉強を始めたその日からプロとなる。順調に基本をマスターし、力をつけてゆくと、その能力に応じて仕事の手伝いから簡単な作品に進めるわけだ。

良いか悪いか分からないが一番早く能力が身に着く方法と信じてこのやり方でやっている。

寝食を忘れ、のめり込む人などは、一年もすれば、結構、描けるようになる。
昨今の不景気でそうもいかなくなったが、二年も勉強すれば、そこそこの収入になり得た。

「良いか悪いか分からないが」などとややこしい書き方をしたが、実は、この、我が工房のやり方にいささか疑問が生じてきている。
というのも、過去十三年で二十人余りの志願者を受け入れたのだが、十年続いている弟子はたったの二人しか居ない。

もちろん、我が工房を飛び出して、一人で仏画を描いて生活している者や、他の工房でお給金を貰いながら仏画を描いている者も居るようだ。

何で、我が工房を、志し半ばで辞めたかは、個々にそれなりの理由があったにせよ、ほとんど、「お金」が理由であった。

 入門当初は、純粋に美しい世界であるところの「仏画」にあこがれ、描きたい一心で、私を頼って来る分けだが、何年か経つと、勉強中の身であることを忘れ、仕事であるところの「仏画制作」に対して、仕事人としての給金を要求したくなって来るらしい。

 過去何人かは、我が工房を辞める時は、仏画勉強を始めた時の純粋さ、美しさは、なくなっている。

ぼやいているのではない。
以前も書いたが、「仏画を描きたい」という気持ちと「仏画を描いて生活したい」ということは、同じのようで、実はまったく違うということである。

 私自身が、仏画の制作を生活する手段として選んだことで、ただ純粋に「仏画を描きたい」と願う者にまで、プロとしての姿勢を強要していたことになる。

 一日も早く能力を身に付けるやり方とはいえ、プロになりたいと願わない者にまでプロ意識を植えつけようとしていたのだ。

「いまさら何を言っているのだ」と叱られそうだが、三十一年間、無我夢中で仕事をしてきた今、やっと気がついたのだから仕方がない。

 開き直るつもりはないが、私は、「仏画を描いて生活する」ということに、いささかの迷いはない。

 しかし、ただ「仏画を描けるようになりたい」という思いだけで教えを乞う者に対しては、対応していなかったのだ。

もはや、我が工房も、カルチャー教室的性格の画塾が必要になって来たのかもしれない。
 その方が、授業料を払って勉強することに慣れてしまった者には、勉強中の己を自覚し易いのかもしれない。  

私は、授業料を貰って先生ぶるのは好きではなかったが、考え直さなければならないのかもしれない――。

 しかし、その方法では、一番大切な物を創ることの本当の意味や精神を伝えられないし、先人達が日本人として最も大切にしてきた教えを受ける者への敬意や礼儀がほとんど育たないかもしれない――。  



うだうだ | 08:12:44 | Trackback(0) | Comments(0)

FC2Ad