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インドに日本軍の感謝の記憶をとどめる村がある
youtubeに興味深い動画がアップロードされていました。
第二次世界大戦の日本軍の記憶をとどめる、インド・インパールの北方18キロにあるマパオの村の映像です。



確かに第二次大戦下の日本軍も、軍政司令官によっては、過酷な要求をしたこともあったようです。
 しかし、総じて、道徳教育や武士道を重んじた日本軍は、中国や北朝鮮、韓国の左派の主張するような「鬼の集団」ではありませんでした。
戦争という狂気の沙汰では、時には鬼畜となり己の身を守ろうとするのが人間です。

この動画のように、東南アジアでは、良い意味での記憶をとどめている村も存在していることを、我々は忘れてはならないでしょう。

 インド北東部アッサム地方に位置し、ビルマから近いインパールは、インドに駐留するイギリス軍の主要拠点でありました。
ビルマ-インド間の要衝にあって連合国から中国への主要な補給路(援蒋ルート)であり、ここを攻略すれば中国軍(国民党軍)を著しく弱体化できると考えられたのだそうです。
インパール作戦は、三個師団を基幹とし、参加将兵およそ90000名で実施されました。
しかし、日本軍の得意な山岳地帯での機動急襲も、英軍の頑強な抵抗に撃退され、結果として攻勢は頓挫。 攻勢転移した英軍によって、逆に日本軍が駆逐される結果となりました。

日本軍劣勢の一番の原因は物資量の絶対的不足で、さらに英米の近代的兵器を駆使した戦闘に対して、日本の兵器戦略は日露戦争当時のままであり、結果は戦わずとも明らかであったといいます。
インパール作戦では、そのような不利な情勢に加えて、アラカン山脈という険しい山地を行軍する戦いだったため、戦闘による戦死者だけでなく、疲労や栄養失調、感染病などの病死者も多く、生きて日本に帰ってこれた者は2割くらいだったといわれます。
「物資面では劣っていた日本軍ではあったが、兵士の質、気概の面ではどの国よりも優っていたと私は思う。」とこの作戦に派兵された元日本兵は言います。

このように、作戦自体は、かならずしもインド独立を主目的としておこなわれたわけではありませんでしたが、多くのインド国民軍とともに、日本軍が、インドを抑圧していたイギリス軍と真摯に戦う姿が現地の人の心に残ったようです。

 果たして、北朝鮮や中国がプロパガンダ目的で歪んだ日本軍を描く姿が正しいのか。それとも、別の側面が存在していたのか、この動画をご覧になれば容易に判断できると思います。

 私たちは、彼等のプロパガンダ思想の意気が弱まりつつある今、真摯に、冷静に、かつての戦争時の日本に、また、仏神に根ざした道徳観や武士道を重んじた明治・大正生まれのご祖先様たちに、今、温かい光を当てなければならないのではないかと、そんな気がします。


テーマ:戦争 - ジャンル:政治・経済

ユーチューブよりお気に入り | 09:08:15 | Trackback(0) | Comments(0)
八大地獄(Wikipedia)
地獄の種別やその位置は、経典により差異があるが、八大地獄、百三十六地獄、六万四千地獄など様々な地獄が説かれといいます。

●倶舎論の説
衆生が住む閻浮提の下、4万由旬を過ぎて、最下層に無間地獄(むけんじごく)があり、その縦・広さ・深さは各2万由旬ある。その上の1万9千由旬の中に、下から大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄・等活の7つの地獄が重層しているという。
これらを総称して八大(八熱)地獄という。これらの地獄にはそれぞれ性質があり、そこにいる衆生の寿命もまた異なるとされる。

また八熱地獄の周囲または横に八寒地獄があるともいわれる。

●長阿含経19の説
地獄は、八熱地獄と十地獄に大別され、八熱地獄にはそれぞれに付随する十六地獄を挙げる。


●正法念処経
八熱地獄に付随する十六の小地獄が、また各々の種別を挙げる。八熱地獄の4面に4門があり、門外に各4つの小地獄があり、これを合して十六遊増地獄という。八熱地獄と合せば百三十六地獄となる。


■八熱地獄及び対応する罪

1、等活地獄 殺生。

閻浮提の地下、1千由旬にある。縦広斉等にして1万由旬ある。この中の罪人はたがいに害心を抱くという。獄卒に身体を切り裂かれ、粉砕され、死ぬが、涼風が吹いて元の身体に等しく生き返るという責め苦が繰り返されるゆえに、等活という。生前争いが好きだったものや、反乱で死んだものがここに落ちるといわれている。
この衆人の寿命は、人間の昼夜50年を以て、第1四天王の1日1夜として、四天王の天人の寿命は500歳というが、それを待たず中間で死ぬ者もいる。そこにいる衆生の悪業にも上中下の差別があるので、その命にもまた上中下の差別がある。業の多少・軽重に応じて、等活地獄の1処だけで受くか、もしくは2処、3処、4処、5処、6処と、最後は16処まで悪業が尽きるまで苦痛を受ける。


2、 黒縄(こくじょう)地獄  殺生・盗み。

等活地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。灼熱の鉄製の縄にしばられ、熱い鉄製の斧で切り裂かれる。
人間の100歳は第二の忉利天の1日1夜に当り、その寿命は1000歳という。忉利天の寿である1000歳を1日1夜として、この第二の地獄の寿命は1000歳という。


3、衆合(しゅごう)地獄  殺生・盗み・邪淫。

黒縄地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。多くの罪人が、相対する鉄の山が両方から崩れ落ち、圧殺されるなどの苦を受ける。
人間の200歳を第三の夜摩天の1日1夜として、その寿は2千歳である。その寿を1日1夜として、この地獄の寿命は2千歳という。


4、叫喚地獄 殺生・盗み・邪淫・飲酒。

衆合地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。熱湯の大釜や猛火の鉄室に入れられ、号泣、叫喚する。
人間の400歳を第4の兜率天の1日1夜とする。また兜率天の寿命は4千歳で、その四千歳の寿を1日1夜として、この地獄の寿命は4千歳という。


5、大叫喚地獄 殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語。

叫喚地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。更に大きな苦を受け叫び喚(な)く。
人間の8百歳は、第5の化楽天の1日1夜として、寿8千歳という。その8千歳を1日1夜として、この地獄の寿命は8千歳である。


6、焦熱地獄 殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語・邪見。

大叫喚地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。常に極熱で焼かれ焦げる。
人間の1600歳は、他化自在天の1日1夜として、その寿1600歳である。その1600歳を1日1夜として、この地獄の寿命は1600歳という。


7、大焦熱地獄 殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語・邪見・「尼僧への強姦」。

焦熱地獄の下に位置し、前の6つの地獄の一切の諸苦に10倍して重く受ける。また更なる極熱で焼かれて焦げる。
その寿命は半中劫という。


8、阿鼻地獄(無間地獄) 殺生・盗み・邪淫・飲酒・妄語・邪見・「尼僧への強姦」・「仏教に対する不信心、特に『五逆罪の1つを犯す』、さらに『正法を誹謗する』を重罪とす」。

地獄の最下層に位置する。前の7大地獄並びに別処の一切の諸苦を以て一分として、大阿鼻地獄の苦、1000倍もあるという。剣樹、刀山、湯などの苦しみを絶え間(寸分・刹那)なく受ける。
この無間地獄の寿命の長短は1中劫という。1中劫とは、この人寿無量歳なりしが100年に一寿を減じ、また100年に一寿を減ずるほどに、人寿10歳の時に減ずるを一減という。また10歳より100年に一寿を増し、また100年に一寿を増する程に、8万歳に増するを一増という。この一増一減の程を小劫として、20の増減を一中劫という。この地獄に堕ちたる者は、これ程久しく無間地獄に住して大苦を受くという。


う~む、飲酒に邪淫、妄語、邪見、それに・・・小さな虫を殺すも殺生だとすると・・・・
これは、たいへんです。
生を受けた者のほとんどは、この無間地獄に堕ちることになりますね・・・。
飲酒はともかく、これら罪の深さは、閻魔様の裁きできまることですので、やはり生前に悔い改めることが大切なようですね。

今回の「殺人を犯した者は死んだらどうなるの?」の疑問は、やはりこの「無間地獄に堕ちる」のが当然のようです。
閻魔様が公平に裁かれるはずですが、ここより他は考えられませんね。

南無観世音菩薩、南無観世音菩薩・・・・・。
ぜひ、地獄の輪廻から救ってくださるという「聖観音」様と、お近づきになっておいてください。




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六道のこと | 08:09:04 | Trackback(0) | Comments(0)
地獄
人が死ぬとどこへ行くのか・・・どうなるのか・・・。
まずは、地獄へ行きます。そして、公平な裁判を受けます。

●書類審査
亡者はまず死後七日、すなわち初七日に泰広王(不動明王)の書類審査を受ける。

第1回目の裁判(初江王の裁判)
そして、亡者は死後2週間すなわちニ七日に初江王(釈迦如来) の裁判を三途の川のほとりで受けます。

●十王の裁判
   地獄には10人の裁判官(王)がいる。閻羅王宮にて亡者の裁判を行う。亡者の生前の悪事を映し出す浄玻璃鏡や業秤(ごうのはかり)などを使って行うのだ。
十王に姿を変えた十人の仏様の裁判で決まる。死後七日目から四十九日目まで、七回の生前の所業(善行、悪行)のを審査があり、五七日(ごしちにち)35日目には、地獄を支配している閻魔大王による、天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道の何れに進むかの裁きが下り、49日目に判決が確定する。その後、百日から三十三回忌までは、それぞれの王による再審査が行われる。

初七日 泰広王(不動明王) 書類審査
ニ七日(14日目) 初江王(釈迦如来) 三途の川のほとりで裁判
三七日(21日目) 宋帝王(文殊菩薩) 邪淫の業についての審査
四七日(28日目) 五官王(普賢菩薩) 業の計りで罪の重さを量る
五七日(35日目) 閻魔王(地蔵菩薩) 水晶の鏡(浄玻璃鏡)で生前の業績をつぶさに映し出し、裁きを申し渡す
六七日(42日目) 変成王(薬師如来) 五官王の計りと閻魔王の鏡で、生前の功徳を再審査
七七日(49日目) 太山王(薬師如来) 善因・悪縁を審査、判決の確定

地獄や餓鬼道に落ちた者への、再審査制度 。

百日    平等王(観世音菩薩) 百カ日目の再審査
一周忌 都市王(勢至菩薩) 満一年目の再審査
三回忌 輪転王(阿弥陀如来) 満三年目の再審査
七回忌 華花王 満七年目の再審査
十三回忌 祇園王 満十三年目の再審査
三十三回忌 法界王 満三十三年目の再審査

のように実に公平にできた審査制度だ。

●六道
この世界は六つの世界からなっている。死後六つの世界のいずれかに行かされることになる。

地獄   純粋な苦の世界
餓鬼   飢えと渇きの苦の世界
畜生   弱肉強食の苦の世界
阿修羅 闘争の世界
人道  いわゆる現世。人間界。
天道  天人の住む天上の世界


地獄・・・
それでは純粋な苦の世界とはいったいどんなところなのだろうか・・・

三途の川
 渡るところが3つあるからこのように言う。亡者が冥途に行く途中で越えなければならないが、川には緩急の異なる3つの瀬があって、生前になした善悪の行為によって渡る場所が異なる。
山水瀬川の上にあり、水はひざ下まで。罪の浅いものがここを渡る。

強深瀬
川の下にあり、流れは矢を射るように速く、波は山のように高く、川上より巌石が流れ来て罪人の五体を打ち砕く。死ねば生き返り生き返ればまた砕かれ、水底に沈めば大蛇が口を開けて待ちうけ、浮きあがれば鬼王夜叉が弓で射る。ここは悪人のみが渡るところである。

橋渡
川の中ほどにある。橋は金銀七宝で造られ、ここを渡れるのは善人だけ。

三途の川のほとりには衣領樹(えりょうじゅ)という大樹があり、その下に奪衣婆(だつえば)、懸衣翁(けんえおう)という鬼形の姥と翁がいて、姥は三途の川の渡し賃(六文銭)を持たない亡者が来れば、その衣服を奪い取り、それを翁が受け取って衣領樹の枝に引っ掛ける。そして、亡者の生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が異なり、その罪の大きさを測る。
そして三途の川にあるのが賽の河原だ。
河原では親よりも先に死んだ子供たちが親を想い小石を積んで塔を作ろうとするが、地獄の鬼が現れていくら積んでも鉄棒で崩してしまう。それでも子供がこの世の親を慕って恋焦がれていると、地蔵菩薩が現れて「今日よりのちは冥途の親と思え」と抱き上げて救う、という話がある。
この地蔵菩薩は、実は、閻魔大王の化身なのです。
親より先に死んで、身内を悲しませた罪とはいえ、閻魔様も実は、やさしいのです。

地獄では、恐ろしくて厳しい閻魔様の化身となった地蔵菩薩が、この地獄世界から幼くしてなくなった子供を救い出す為に救済活動をされています。
また、聖観音菩薩も、懸命に救濟活動をされていますが、観音の名を呼ぶ者を優先されます。
やっぱり、聖観音菩薩とお近づきになっておいた方がよろしいようですね。
南無觀世音菩薩・・・・・・。

次は、恐ろしい地獄の様相、八大地獄を御紹介します。
生前にどんな罪を犯した人がどんな恐ろしいところへ行かなくてはならないのか・・・。



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六道のこと | 14:33:44 | Trackback(0) | Comments(0)
餓鬼道
餓鬼道
いよいよ地獄の入口、餓鬼道です。
ここは、物おしみをし、貪り、そねみ、ねたんだ者が鬼となって堕ちるとろこです。
餓鬼の世界は2つあり、1つは地下500由旬、7200キロのところにあるの閻魔王の国です。
もう1つは人間界と天界の間にあります。餓鬼となった者は人間界の1ヶ月を1日として500年間、ここで様々な苦痛を受けます。餓鬼道には様々な鬼がいます。

3種の餓鬼(阿毘達磨順正理論31)
1,無財餓鬼、
一切の飲食ができない餓鬼。飲食しようとするも炎となり、常に貪欲に飢えている。唯一、施餓鬼供養されたものだけは食することができる。
2,少財餓鬼、
ごく僅かな飲食だけができる餓鬼。人間の糞尿や嘔吐物、屍など、不浄なものを飲食することができるといわれる。
3,多財餓鬼、
多くの飲食ができる餓鬼。天部にも行くことが出来る。富裕餓鬼ともいう。ただしどんなに贅沢はできても満足しない。

この三(種)にまた各々三(種)あり。無財鬼の三は、一に炬口鬼、二に鍼口鬼、三に臭口鬼なり。少財鬼の三は、一に鍼毛鬼(その毛は針の如く以て自ら制し他を刺すなり)、二に臭毛鬼、三に癭鬼なり。多財鬼の三は、一に希祠鬼(常に社祠の中にありその食物を希うなり)、二に希棄鬼(常に人の棄つるを希うて之を食すなり)、三に大勢鬼(大勢大福、天の如きなり)」

36種の餓鬼(正法念処経16)
1、かく身(かくしん)、目や口がなく、私利私欲で動物を殺した者が餓鬼となる。
2、針口(しんこう)、口は針穴の如くであるが腹は大山のように膨れている。
3、食吐(じきと)、人の吐き出したものを食べる。
4、食糞(じきふん)、糞尿を飲食する。
5、無食(むじき)、全身が飢渇の火に包まれて、どんなものも飲食できない。
6、食気(じっけ)、供物の香気だけを食すことができる。
7、食法(じきほう)、飲食の代りに説法を食べる。
8、食水(じきすい)、水を求めても飲めない。
9、希望(けもう)、亡き父母の為に供養されたものしか食せない。
10、食唾(じきた)、人が吐いた唾しか食べられない。
11、食鬘(じきまん)、鬘(かずら、首飾り)を食べる。
12、食血(じきけつ)、生物から出た血だけを食べられる。
13、食肉(じきにく)、肉だけを食べられる。
14、食香(じきこう)、供えられた香の香りだけを食べられる。
15、疾行(しっこう)、墓地を荒らし屍を食べ、人間に災禍をもたらすのが早い。
16、伺便(しべん)、人が排便したものを食し、その人の気力を奪う。
17、地下(じげ)、暗黒の闇である地下に住む。
18、神通(じんつう)、涸渇した他の餓鬼に嫉妬され囲まれ、自己だけが楽をする。
19、熾燃(しねん)、身体から燃える火に苦しむ。
20、伺嬰児便(しえいじべん)、幼児の命を奪う。
21、欲食(よくじき)、人間の場に行き惑わし盗む。
22、住海渚(じゅうかいしょ)、熱水の海辺に住む。
23、執杖(しつじょう)、閻魔王の使いっ走りで、ただ風だけを食べる。
24、食小児(じきしょうに)、幼児を食べる。
25、食人精気(じきにんしょうき)、人の精気を食べる。
26、羅刹(らせつ)、人を襲い殺害して食べる。
27、火爐焼食(かろしょうじき)、燃え盛る炉心の中で残飯を食べる。
28、住不浄巷陌(じゅうふじょうこうはく)、不浄な場所に住む。
29、食風(じきふう)、風だけを食べる。
30、食火炭(じきかたん)、焼いて炭になった屍を食べる。
31、食毒(じきどく)、夏の猛暑、冬の極寒に責められ毒だけを食べて生死を繰り返す。
32、曠野(こうや)、猛暑の中、水を求めて野原を走り回る。
33、住塚間食熱灰土(じゅうちょうかんじきねつかいど)、屍を焼いた熱い灰や土を食べる。
34、樹中住(じゅちゅうじゅう)、樹木の中に閉じ込められ、蟻や虫を食す。
35、四交道(しきょうどう)、四つ角に住み、そこに祀られる食べ物だけを食べられる。
36、殺身(せっしん)、熱い鉄を飲まされて大きな苦悩を受ける。  

ということで、餓鬼道の苦しみは飢えと渇きのようですね。
これはある意味、地獄の苦しみより、つらいかも知れません。

物惜しみをし、貪り、嫉妬したり、何かにねたんだ者が鬼となって堕ちるところって・・・これ、だれでも経験あるんじゃないのかなぁ・・・。
さて、みなさん、どうします? 餓鬼道に堕ちるのは避けられませんね。

ただ、ひとつの救いはこの餓鬼世界に堕ちた者を、この餓鬼道輪廻から救おうと日夜活動してくれているのが千手観音です。
ですので、やはり常日頃からこの千手観音様と仲良くなって、お近づきになっておきましょう。

普通の人で餓鬼道に堕ちるのなら、殺人を犯したものは・・・、やはり地獄ですね。
次回は、地獄世界を観てみることにしましょう。



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六道のこと | 08:56:09 | Trackback(0) | Comments(0)
畜生道
畜生道。
畜生道は地獄、餓鬼と合わせて三悪趣とか三悪道ともよばれています。

 人間であった時、愚痴ばかり言って、恥知らずで、他人の施しを受けるばかりで、償いをしなかった者が堕ちるところといわれています。

 畜生の住まいの中心は海中ですが、人や天と交わって生活していることも多いそうです。

畜生の種類は三十四億におよぶと言われていますが、大別すると鳥類・獣類・虫類になります。魚類や両生類、爬虫類、原生動物は?といわれそうですが、六道の世界では大まかにはこう言われています。

 畜生は常に弱肉強食の争いを続け、昼も夜も恐怖に心が休まることはありません。
水中に住む畜生は漁師に、陸に住む畜生は猟師に捕らえられ殺されます。
また象や馬や牛などは、鼻や首をつながれて、背に重い荷物を負わされ、人に鞭打たれます。

 畜生道に堕ちた者は、ある者は短い時間、あるものは百千万億劫にもわたる長い時間、計り知れない多くの苦しみを受けたり、突然、思いもかけぬ無残な死に方をしたりします。

牛や豚などの家畜は食われるために生かされます。
虫たちの中には、その存在すら曖昧で、闇の中で生まれ闇の中で死んでいく者、人や畜生の体についてそれ等ともに生き、死んでいくダニやノミなどさまざまです。

もう一度言います。
人の世にあったとき、愚痴ばかり言って、身勝手で恥知らず、他人の施しばかりを期待し、御礼も償いもしなかった者が、この畜生道に堕ちるのです。

でも、最近はペットブームで、人よりも大事に大切に愛情いっぱいに可愛がられ、一生をまっとうし、りっぱなお葬式まで出してもらえる畜生もいますね。

できれば、この溺愛されるペットに生まれ変わりたいと考えている人も多いのでは?

次に堕ちるのは、あの餓鬼道・・・・これはもう・・・たいへん。

 

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六道のこと | 13:49:28 | Trackback(0) | Comments(0)
阿修羅道
阿修羅道。
阿修羅とはアスラのことで、戦闘を好む鬼神のことです。
争い事の好きな者や、自ら争いを起こして命を落とした者が堕ちるところです。

須弥山(しゅみせん)の北の大海の底と、四大州の山中の岩石の間が住処で、海上の雷鳴を聞いては、宿敵、帝釈天の軍鼓と勘違いし、恐れおののき、また戦いに負傷し、若くして生命を落とす。
絶えざる戦闘と殺戮、そして敵襲の不安に一時も心休まらない世界なのです。

阿修羅の手下となって日々争いに明け暮れ、その争いには必ず負け、戦いによって身体を切り裂かれてしまうのです。

すぐに争いごとに巻き込んだり、争いごとがお好きな方ってたくさんおいでになりますね。
そんな方は、どうぞ、悔い改めてください。

次は、六道のうち、畜生道へと堕ちて行きます・・・。



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六道のこと | 11:03:20 | Trackback(0) | Comments(0)
人道
人道、つまり人間界には、3つの様相があります。

1、不浄の相。
人間の体は三百六十の骨、九百の肉片、九百の筋などでできており、腹の中には五臓六腑と呼ばれる内蔵や腸がぎっしり詰まっています。
そして、どのように上等で上品な食べ物を食べても、体内では、一夜も経てば不浄となります。
その糞のように、老いも若きも、いかに美しく飾ろうとも、人の体は不浄なものなのです。
まして、死後、墓地に捨てられ七日もたてばその体は腐乱し、発酵し、ふくれあがり。
野獣に食われ蛆がむらがり、ついに白骨となり、多くない年月を経ると土に還ります。
つまり、人間の体は生まれた始めから死ぬ終わりまで不浄なのです。
絶世の美女とて同じこと、死んで野に捨てられれば、その身は腐乱し、鳥獣の餌食となり、蛆におおわれ、白骨となり、やがて土に還ります。

2、苦相。
男も女も、この世に一度生を受け、外気に触れるとともに、誰もが同じようにはげしい苦悩を受けます。
成長した後も、体内には四百四病といわれるような、全身さまざまの病を宿し、体外には罪によって捕らえられ責められたり、寒さ熱さ、飢え渇き、あるいは自然の暴威など、さまざまな苦悩が迫ります。これを四苦八苦といいます。
四苦とは生・老・病・死を、八苦は四苦に愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五盛陰苦を加えたものです。

3、無常の相。
人は誰もどんな人も必ず死にます。
一日が過ぎるごとに生きる日数が一日減っていくさまは、乏しい水に浮かぶ楽しみもない魚や、屠殺場へ一歩一歩死に近づく牛の歩にも似ている。
無情の死神は、権力のあるなし、頭のよしあしに関係なく、いつでもどこでも誰にでも、無常に迫ってきます。

ということで、人として生まれると、こういった辛いことが溢れるように襲って来ることが当たり前なんだと知ることで、どんな困難も不幸も、なんとか肝要に受け入れることができると思います。
でも、人間界に生まれた人はまだ良いのです。
まだ、この下の世界にはこれ以上の苦しみがあるのです。

次は、畜生道について書きます。





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六道のこと | 16:39:07 | Trackback(0) | Comments(0)
天道
 天道は、天人の世界で、人間の世界の人道より楽多く苦の少ない世界なのだそうです。
それでも、欲界、色界、無色界の三つに分かれるといいます。

 欲界は、あるのは至福や快楽のみという、うれしいこと極まりない世界を言いますが、そのとう利天とて、天寿尽き臨終の際には、天人に五衰の相が現れるといいます。

一つには、華の髪飾りがしおれ、二つには羽衣が埃や垢で汚れ、三つには脇の下に汗が流れ、四つには眼がくらみ、五つには歓楽の場所であったこれまでの住処をも楽しめなくなるといいます。
つまり、至福の状態は続かない、たいくつし、飽きるということなのかもしれません。

 この五衰の相が現れると、天女や一族の者は、その天人を雑草のように見過ごし遠ざかってしまう。
経験はありませんが、歓楽に慣れた後だけに、そのちょっとした苦しみは地獄の苦しみより大きいのかもしれません。

欲界の上に位置し、欲望を離れてはいますが、なお物質的存在(色)からは解放されていない色界と、一切の色法(肉体・物質)の束縛を離脱した、受・想・行・識の四蘊(シウン)だけで構成する無色界には五衰の相はないとはいえ、ついには天を去らねばならぬ苦しみがあるのだそうです。

天界最上の天である悲想天でさえも、地獄の底の阿鼻地獄に堕ちないという保証はないのだそうです。

ということで、この世界が、六道輪廻で行く最上の世界なのです。

このあと、人道阿修羅道畜生道餓鬼道、そして地獄道へと堕ちていきます・・・。お~怖!




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六道のこと | 09:10:19 | Trackback(0) | Comments(0)
殺人を犯した者が、死後どうなるのか
無意味に殺人を犯せば、この世で裁かれると、普通は良くて無期懲役、わるくて死刑となる。
最近は、どんどん死刑の執行が行われていると聞く。

では、そんな大罪を犯した者が、死んだ後、あちらの世界でどんなふうに過ごすことになるのか、ちょっとイメージしてみたい。

私は、仏絵師なので、六道絵を描くことがある。

仏教では、それぞれが生前に行った善行、悪業の度合いによって、死後、生まれ変わる場所が、説かれている。私の仕事は、それを絵にすることにある。

現に、今、地獄図を描いている。

六道とは、まずは、天道にはじまり、人間道、阿修羅道、獣道、餓鬼道、そして地獄道と大きく六つに分かれる。
絶対、行きたくない地獄にはまた、等活、黒縄、衆合、叫喚、大叫喚、焦熱、大焦熱、阿鼻の八つの恐ろしい地獄世界があって、閻魔様等の裁きによって、責めの度合いが決められ、行く地獄世界が決まる。
亡者の生前の悪業がビデオ再生のように鏡に映る仕掛けがある。そこでは嘘は通用しないことになっている。

私は閻魔様ではないが、殺人を犯した者は、当然ながら地獄に堕ち、永遠に責め苦を受けることになると思う。

次は、仏教における六道思想をもう少し詳しく調べ、ここに書こうと思う。

仏教寺院は、30年ほど前から、このことを怠ってきた感がする。

このこと・・・、つまり、仏教の真髄であるところの人々を正しく、善良に教化すること。

嘘をついたり悪いことをしたら、地獄に堕ちるよ、ましてや殺人などしたら地獄に堕ち、地獄の責め苦に遭うよ・・・。
と、このことだけでも、幼少の頃の間に、丁寧に伝えておけば、刷り込んでおけば、脅しておけば、世の中は、もっと住み良くなるはずだった。

少なくとも、私の育った環境はそうであった。



うだうだ | 09:56:05 | Trackback(0) | Comments(0)
自暴自棄
東京・秋葉原で7人が殺害された通り魔事件。犠牲者の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

殺人未遂で現行犯逮捕された派遣社員、加藤智大容疑者の生い立ちが、各社テレビで報道される。
本人が望んでいたとおり、ワイドショでは、連日のメイン話題。
テレビに登場するコンメンテーターは、「凶器となりうる刃物などの売り方を考えなければならない」などと、その場しのぎのコメントを寄せている。
ネットの掲示板に書かれた彼のコメントから、彼の異常性が感じられるのだそうだ。

彼は、それほど、異常だったのだろうか・・・。
私は、そうは思えない。

今時、どこにでも居る、普通の男性のように見える。 
福井市内のミリタリーショップで、接客した店長や店員は「行儀の良いお客さんだった」と話しているらしい。

私は思う、誰でもそういった心境になる時がある。

その時、どうするかなのだ。

とことん落ち込んだ時、何をどうすれば良いかまったく考えが浮かばない。
前向きになど何も考えることができなくなった時、やけくそになるしかない時・・・・誰にでもある。

どうせ、浮かばれないまま、名も無く貧しく人生をあくせくして終えるのなら、善も悪も関係なく、自分の存在した証ぐらいは残したい。

そう思ったのだろう・・・。分かる気もする。

これから先も、資本主義の底辺でオロオロ、ウロウロと蠢きながら一生を終える自分の姿が見えたのだろう・・・。

彼は、親の育て方に問題があったと言う。 親に責任を取らせたかったから事件に及んだのかもしれない。
世間も、彼を育てた親のせいかもしれないと思う。

親の育て方が悪かったから、あてつけに殺人・・・・自暴自棄

関係のない被害者の人生など想像する余裕など、一片のかけらもなかったのだろうか・・・。

殺人を犯した者が、死後どうなるのかイメージしたことがなかったのだろうか・・・・。

加藤智大に聞いてみたい。

また、その加藤智大と同じような境遇で自暴自棄に陥っている若者にも聞いてみたい。

殺人を犯した者が、死後どうなるのかイメージして欲しい。



ご意見 | 17:46:28 | Trackback(0) | Comments(0)
愛弟子のこと
昨日、私と同じ仕事を目指して、私の元で毎日修行している愛弟子が、我が娘に続いて結婚した。今日夕方、バリ島に旅立つ。

今からちょうど4年前のこと、洛西・西山にある善峯寺で仏画の展覧会を開催中の時のことだった。
一日中、私自身が会場に詰めていた、そんな時のこと・・・・。

息抜きにちょっと境内を散歩しようと、会場の表に出たところ、その会場を目指し、わき目もふれず、会場の玄関を目指し、こちらに歩いてくる、やけに背の高い若い女性が居た。

その彼女は、私の存在など目に入らない様子で、わき目もふらずというのか、大股に進み寄り、一直線に会場の中に入っていった。
私は、ただならぬ彼女の気配を感じたが、表に出たこともあり、予定通りに境内散策に出た。
そして十五分~二十分後に戻って来るのだが・・・。

あまり入場者が居ない時間帯だったこともあり、まだ居る長身の彼女は目立った。
展示されている仏画の前にいかにも興味深げに、たたずむその若い彼女に、私からおもわず声をかけた。

彼女は、某有名大で美術を専攻している学生で、来年には卒業するのだが、進路を決めていないと言う。
いろいろ話をする中、彼女は東京まで出かけ私の過去に納めた仏画を見に行ったという。仏画を描く仕事がしたいのだが、不安で踏ん切りがつかない と、いったそんな若い彼女の情熱と、よく分からない仏画の世界に対して、将来を心配する不安な想いが、私にビシビシと伝わって来た。当たり前である。将来への不安はつきものである。
普段の我が工房の様子や修行の形態など、彼女のたくさんの質問に答えた。

その日、帰宅した彼女から、丁寧で心のこもった、しっかりした礼節を踏まえた大人の文面で、お礼のメールが届いた。若いのにしっかりした娘さんだという印象は、その後、何度か交わしたメールの内容でも確信できた。

ちょうど、その頃、私の息子も娘も私の仕事を継ぐ意思がないことや、その当時、私の元で修行中の二人の若者も、「今ひとつ・・・。」将来をプロとして生きようとするにはちょっと覇気がないなぁと、感じていた。
この先も長時間かかるような大きな仕事を入れるべきかどうか、ちゅうちょしていたような、そんな、私にとっても消極的というのか、そう、トーンダウンしていた時期でもあった。

そこに、将来を夢み、まじめで、素直で率直で熱心な彼女に遭遇したことで、彼女ならやってくれるかもしれないといった、そんな期待が自分の内に膨らんで来るのを感じた。

どちらからともなく、当然のような流れで、そうなったと思うのだが、彼女は卒業後、私の工房で勉強することになった。

早いもので、彼女が、私の工房に通って、三年半になった。
その三年半の間に、私の仏画人生の中でも数少ない、新聞ネタになるような大きな仕事二作に携わった。
今、あの懸念していた二人の先輩はすでに居なくなり、その逆に、年上だが二人の後輩が居る。

昨年は、彼女が、実質スタッフのリーダーとなり、各新聞で大きく報道されることとなった西国札所会の御本尊三十三体の御影を完成させるという私にとって原点ともいえる大切な仕事を手伝ってくれた。

今回、人生の伴侶とめぐり会えたのも、こういった一途で一生懸命な彼女を応援する大きな何かが、そうさせたのかもしれない。 

今後は、今までに増して、安定した心持ちで仏画の勉強に精進できることと思う。
そう思いたい。

志半ばの前途有望な彼女を妻にした新郎には、彼女の想いが成し遂げられるよう、彼女の想いを、二人の共有の目標として、二人で達成すべく、ご協力をお願いしたい。

それぞれの大切な目標に向かって、時には譲り合い、バランスをとりながら、しっかりと歩んでくれるよう二人に期待し、心からそれを祈念している。 



うだうだ | 12:09:26 | Trackback(0) | Comments(0)
後部座席シートベルト・ヘルメット着用・・・って?
後部座席シートベルトやバイクのヘルメット着用は、その義務を果たさないと罰金が課金される。
いつの間にかそうなったようだ。
誰が勝手に決めているのだろう・・・。
少なくとも、私は、合意した覚えはない。

直接、誰の迷惑にもならないことで、罰金はないと思う。

危ないですよぉ~ っと注意を促せばそれで十分だし、もし、それを怠っていて事故に遭遇し、それが原因で亡くなっても、自己責任でいいではないか?
たぶん、保険業務など利害の事務処理を簡素化しようということなのだろう・・・。
ほんとに困った時代になったものだ。

「一国におびただしい法律があるのは、医者が多数いるようなもので、虚弱と病気の象徴である。」と フランスの哲学者ヴォルテールも言っている。

セクシャルハラスメントという概念や、7月から施行されるタスポとかいうわけの分からないシステム。それに世の中を混乱に巻き込んでいる個人情報保護法・・・などなど倫理道徳観でバランスをとるべき問題を、「罰金」という賠償額で阻止しようとしている。・・・このままだと、まだまだ罰金徴収用の法律を作らないと世の中は良くならない・・・と考える政治家が居る・・・・困ったものだ。

つまり、現在の日本は、政治家を含め、病んでいる・・・のだ。




うだうだ | 08:38:21 | Trackback(0) | Comments(0)
梅雨入り
1日に長女が嫁に行った・・・。幸福になって欲しい。

京都は朝から雨が降っている。
昨日も朝からじめじめした天気だった。 うっとおしい・・・。
我が工房の庭のあじさいをはじめ、沙羅、もみじ、さるすべりなどなど、木々は喜んでいるようだ。
大きな雨の雫が大きなあじさいの葉の上を小さな滝のように連続して転げ落ちる。
葉は、活き活きときらきら輝いている。

左側の窓の向こうに見える大原野の水田は雨で煙っている。

最近めっきり体力が落ちた。 今も首から背中にかけて、おんぼろの筋(すじ)が通ったように違和感がある。
5日ほど前に顔を洗おうとうつむいた瞬間に電気が走ったようにその筋が緊張した。

近々納めることになっている西国の御影を印刷にて納める為、納得いくように一人でデジタル修正加工している。
パソコンの前に座ることが、急に多くなったのが原因だろう。

重い頭を前に突き出し、ペンタブレットでモニターを見ながら描画する。目も疲れる。

伝統的な描法と共に最新の描法も覚えなければならないようだと、勉強中の弟子に言っている。




うだうだ | 08:27:45 | Trackback(0) | Comments(0)

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