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シェーンハイマーの動的平衡論
シェーンハイマーの動的平衡論では、仏教でいう「無常」の思想が、生物学的に我々動物全てに当てはまることが実証されている。
最近、福岡伸一氏の書いた「生物と無生物のあいだ」を読む機会があった。
我々人間は食べ物を食ってエネルギーに変え、成長し行動すると安易に考え、教えられてきた。
しかし、1949年には、すでに以下に書く事が実証されているのだそうだ。

我々の肉体はもちろん、生命体は、分子レベルでは一瞬の淀みに過ぎない・・・。

1941年に自ら命を絶ったドイツのルドルフ・シェーンハイマーは、身体に取り込まれた食物が分解され、身体を構成している原子、分子と入れ替わることを明らかにした。
私たちは物を食べると、大半は体内で燃やされ、エネルギーとなったあとは排出されると思っている。

だが、実際は違うらしい。
シェーンハイマーが、体内に食べ物が取り込まれてからの道順と変化を食べ物を構成する分子に目印(窒素原子の安定同位体)をつけて追跡したところ、瞬時に分子レベルに解体されて体を構成する分子の中に高速度で入り込み、逆に体内の分子が高速度で分解されて外に出ていくことがわかったのである。
「代謝は回転している」と表現するが、つまり、昨日も今日も変わりないと思いこんでいる私たちの肉体は、分子レベルでは常に激しく入れ替わっているということだそうだ。

これが「動的平衡」である。

生命体を構成する原子や分子は絶えず入れ替わっている。
原子レベルで見たとき、ヒトの身体は数ヶ月前とは、まったく異なり新たな原子や分子で構成されている。
「食べる」ということは、「栄養を採る」のではなく、原子、分子を入れ替えることであり、瞬間で見ればヒトの身体はその時点での平衡状態にあるという。
平衡状態を保ちながら、原子、分子レベルで入れ替わり流れていく。
細胞分裂をしないとされる脳細胞ですら、この原子レベルでの入れ替わりが起きている。
そして、この入れ替えを止めるときが生命体としての死であるという。
動的システムとしての生命システムの秩序は「守られるために絶え間なく壊されなければならない」のだ。

これは、
「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止とゞまる事なし」と、
仏教で言う無常を表現した鴨長明の『方丈記』の書き出しを想い出させる。




うんちくひけらかし | 16:48:34 | Trackback(0) | Comments(0)
「西国三十三所 観音霊場 祈りと美」展 が始まった
西国三十三所 観音霊場 祈りと美 展 が奈良国立博物館で始まった。8月1日より9月28日までという長期にわたっての特別展だ。
九月からの結縁御開帳にあわせ開催されるもので、10月からは名古屋市立博物館でも開催されるようだ。
私は、このご開帳にあわせ、頒布されることになった13cm×8cmの「カラー御影」(と札所会では呼んでいる)の原画を依頼され、描いた。カラー御影は、このほどお納めした。魅力的な美しい御影ができたと自負している。九月から各札所で頒布されるはずなので、ぜひ、お求め頂くことをお勧めします。
三十三所すべて揃うと圧巻です。

で、この御影の原画であるところの、仏画なのだが、今、掛け軸となって、奈良博の新舘ロービ奥、つまり、「祈りと美展」をご覧になって、クタクタになって降りてこられたところの札所グッズ販売コーナーのまだ向こうに、よくわからないが、写真展と題して、この仏画(御影の原画)が展示してある。

昨日の内覧会で、はじめて展示状況を知って、ビックリした。

まるで、写真でつづった西国札所案内の雑誌の1ページを見るような展示構成で、同列に展示された御影を観て、描き手として、なんだか言いようのない寂しさがこみ上げてきた。

2年も3年も長い間制作を待たせていた他の依頼主に、西国のご本尊を描かせて頂くことになったのでと、私の一方的な都合で、それ等の仕事もむりやり後回しにお願いし、引き受けた仕事だった。

私が仏画を描いて生活させていただくきっかけが、今は亡き父親が西国を巡礼する時に描いた集印軸の観音図を描いたことだった。私にとっては、西国の観音様が私に仏画を描くきっかけをくれたようなそんな想いがあって、時間にほとんど余裕・・・いやぜんぜんなかったのだが、恩返しの意味でも、引き受けなければと思った。そんな経緯があった。

そんなことで、歴史ある札所のご本尊、つまり新しく彩色された「御影」が完成し、各紙で報道された。

この御影が、今、奈良国立博物館で開催中の「西国三十三所 観音霊場 祈りと美」展に平行して新舘一階ロビーに、特別コーナーを新設し、西国札所の四季折々を写真に収めたプロカメラマンの溝縁ひろし氏の作品と同じスペースに展示されている。

7月31日の内覧会で初めてこの展示を観た。
内覧前に私に相談して欲しかった・・・。
今となってはもう遅いかもしれないが、これをご覧になった一般の方はどうお感じになるのだろう・・・・。

たぶん、主催者側は、今時の美しいカラー写真満載の札所案内にしたかったのだろう・・・。

雑誌の特集記事の一ページのような展示方法に、私は透明アクリル板に収まったご本尊のお姿が、隣の写真と同列に無機質に感じた・・・。

筆者に何の相談もなく展示方法が決められる事、それ事態が始めての経験で、あり得ないことだった。
風景写真も展示するというお話は聞いていたが、まさかご本尊とワンセットで展示するとは想像していなかった。

御影は、札所のご本尊である。

札所の風景写真が美しいのは理解できるが、ご本尊の観音様の美しさとは別物である。

私が描いた御影だから言うのではない。
御影だけを、別のスペースで、もう少し厳かな雰囲気で展示して欲しかった。



テーマ:伝えたいこと - ジャンル:ブログ

うだうだ | 11:15:10 | Trackback(0) | Comments(2)

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