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成相寺と松尾寺巡拝に想う (原稿より)
成桐山成相寺
2009年4月22日善峯講-成相寺にて


成相寺と松尾寺巡拝に参加した。二回ほど私用や仕事の関係で欠席しているので何年ぶりかの善峯講への参加だった。
昨日に打って変わっての晴天。バスは新緑の善峯寺を午前八時半に出発した。
京阪バスの可愛いガイドさんの案内を耳の遠くに聴きながら、善峯寺にご縁のある懐かしい参加者の顔ぶれと、ご住職をはじめ、りっぱに成人されたお嬢さんお二人、そして新しく副住職に就任された光淳師とご一緒に、西国巡礼の同行者として皆、同じバスに乗っている・・・。
この善峯の観音様によってご縁ができた皆さんとの連鎖が不思議に、また尊く感じられ、また、人生とはこういったものなんだなぁ・・・と改めて、善峯さんとのご縁を頂戴してからの長いようで短いような、そんな時の流れが私の脳裏を駆け巡った。

思い起せば、私が参加させて頂くきっかけ、この善峯寺とのご縁をいただいたきっかけは・・・。二十四年前に遡る・・・。不思議な仏縁の積み重ねだった・・・。

染織図案家だった私が、今は亡き父の希望で西国霊場の集印軸に観音図を描き、何を血迷ったのか、本格的に仏画を描きたいと思い立ち、今の名誉住職と住職にご相談にお伺いしたことに始まる。
お二人から温かい言葉を頂戴し背中を押して頂いた。いろいろあったが、その後三年ぐらいで仏画を専門に描くことを生業にできた。
その八年後には、善峯寺の釈迦堂の横、今は利用者が少なくなって閉鎖せざるを得なくなった薬湯場の板の間をお借りして、当時一枚和紙では世界最大の大きな古い和紙を使い、大涅槃図を描かせていただける機会を得た。
三ヶ月の彩色作業を終え、完成した時には釈迦堂の前にその涅槃図を広げ、参拝のお客様にお披露目展をして頂いた。その涅槃図に使用していた大正時代の越前和紙の紙漉職人故岩野平三郎(人間国宝)氏の漉いた『岡大紙』について
過去に連載記事を書いていた毎日新聞の記者家族がたまたま観光でお参りしていた。その彼の目にとまり、全国紙の夕刊や朝刊にカラーの写真付きで掲載された。
地味だった私の絵描き人生にスポットライトが当たった瞬間だった。
その後、順調にたいそうな仕事もこなし、昨年は、このご開帳に合わせ、西国札所会のご依頼で『西国三十三所の全ご本尊』を描かせて頂く機会も頂いた。

その私にとって原点とも言える『西国三十三所巡礼』を善峯寺のご住職一家と和気あいあいとご一緒している・・・。

今回の成相寺と松尾寺には以前にも善峯講でお参りしているが、この霊場を復興した花山法皇の千年御忌を期に全山ご開帳中である。
成相寺の三十年に一度ご開帳される聖観世音菩薩様。そして開山千三百年の松尾寺では七七年ぶりにご開帳、実際には、珍しい馬頭観音様に初めてお会いしたのだが・・・、実は、私は違う。一年前に、このそれぞれの観音様を描いている。私の心の中ではすでにお会いしていた。
何十年かぶりのご開帳といえども、私にとっては一年ぶりの再会にしか過ぎなかった。

善峯寺を出発し、縦貫道を一時間ほど進むと、バスは、丹波地方にさしかかる。九号線との分岐点にある山形屋で休憩をとり、のどかな二七号線を走る。
バスの中にも海の香りが漂って来るともうすぐ成相寺。ケーブルカーを利用した以前とは違うルートでお参りするそうで天の橋立のすぐ傍を通過し、善峯講二度目の成相寺に到着。ご開帳時期なのか普段はない本堂の垂れ幕が春の穏やかな風に揺らめき、我々を迎えてくれた。
線香の清浄な香り漂う薄暗い本堂に入ると、一行一様に厳粛な気分になり、姿勢を正し自然に手を合わせてしまう。これが最も歴史のある西国の観音様であるが故なのだろう。
本堂内陣の左の間に座った我々一行は住職と副住職のゆっくりとした読経に合わせ、皆で読経する。ご本尊の聖観音様と一体となる瞬間だ。読経の後、係りのお坊様にご案内頂き、各自がご開帳中の聖観音様のすぐ御前に向かい、ご開帳中の観音様と直接目線を合わせ心から合掌した。

成相寺から松尾寺に向かう車窓に、舞鶴港を母港とし停泊中のイージス艦「あたご」が現れた。
漁船「清徳丸」が昨年二月に衝突し父と息子が亡くなったあの忌まわしい事故を起こしたイージス鑑だ。対潜・防空能力に優れた軍艦だそうだが、一番知られることとなったのはあの事故の報道。あんな大きな船が活躍する時ってどんな時なのだろう・・・と恐ろしい光景を想像してしまった。

バスは、春の暖かい陽光を浴びキラキラ輝く新緑いっぱいの舞鶴の山村を抜け、若狭富士としても知られる青葉山(六九九米)山麓に新しく出来た参道を走り、以前とは違うルートで松尾寺に向かう。
寺の新しい駐車場のすぐ横に、静かにたたずむ創建千三百年を迎えた緑青色の二重屋根の特異な形状をした宝形造りの堂々たる本堂が姿を現す。厳かとはこういった雰囲気を言うのだろうか、立ち込める霊気に心洗われる。
七七年ぶりにご開帳中の馬頭観音様に、同じように納経し終わると、本坊にお邪魔し、多くの著書で知られる松尾心空前ご住職ににこやかな笑顔とお菓子とお茶の接待を受け、善峯寺名誉住職とのお酒にまつわる楽しい昔話も聞けた。
天気も良くて、ガイドさんも良くて、楽しいバスのゆっくりした一日旅だった。 
お世話頂いた善峯寺ご住職一家に感謝!! 
合掌


| 07:48:30 | Trackback(0) | Comments(0)
展覧会の準備に島根県・松江に行ってきました


9日、藤野正観の仕事展の準備のため、初めて、自分で運転して妻と弟子たち4人で松江まで行ってきました。
早朝6時に京都の工房を出発し、名神吹田jctから中国道落合jctで米子自動車道に入り 米子に着いたら山陰道(安来道路)を通って松江へ。
朝9時には蒜山高原で休憩し、好物のソフトクリームを朝の9時に食したのは生まれて初めての経験。雄大な大山を右に見ながら一路松江へ。
10時半頃には、松江に到着。松江城の近くにある小泉八雲邸の佇まいにひとしきり感心し、将来はこんな家を持ちたいと密かに思いながらお蕎麦で有名な八雲庵で鴨南蛮そばと割子そばを食しました。

12時半、会場の島根県立美術館へ向かったのですが、1時からの展示作業にはまだ少し時間があったので、新聞社の方の案内で松江城の天守閣にも登ってきました。
上まで登ると汗が身体を蒸らすのですが、宍道湖から吹き抜ける爽やかな風に癒され、松江の町が、城下町であるということを確認しました。

上のビデオのように展示を終え、その夜は、どうも昔来たころがあるらしい玉造温泉で一泊。日本一の大きな混浴の温泉があるということで、ここに決めたのですが、この夜も、10日の早朝も、大きな露天風呂を独り占め状態で、ゆっくりと最高の気分でした。久々の温泉を満喫しました。

開催初日は、あいにく朝から雨。 それでも、会場には待ってくれていた方が数人お出でになり、真剣な目でご覧になっていました。
昼ごろまで、会場で、新聞社の取材を受けたり島根県知事さんをご案内したりで、冷や汗タラタラ。
帰りは、来る時に決めていた、安来にある足立美術館に寄り、さぞかしお金がかかったであろう明治の大家たちのコレクションと素晴らしいお庭を堪能し、入場料の高額に納得しながら帰路につきました。
19時半ごろ工房についたころには、さすがにクタクタ。
一人で無事往復800km以上を運転できたことに、自分の体力と気力に自信がついたような気がします。

松江は、コンパクトな「町」ですが、宍道湖も美しく、人々は上品で文化的で上質な印象を受けました。何故か故郷の滋賀や住んでいる京都と似ていると感じたのですが、どうしてなのでしょう・・・。


| 18:32:07 | Trackback(0) | Comments(0)

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