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急性肝炎と潰瘍と『収用』と胆石
 Drの第一声は「胃よりも、肝臓の数値が悪すぎる。入院です。」なんでも病名は急性肝炎というそうで、原因が良く分からない。
点滴室に移動し、身体を横にし、意識朦朧の中で点滴注射となった。
入院支度を終えた女房が再来した頃には2本目の点滴の最中で、その後も針を抜くこともなく、栄養、抗生物質、看護士曰く体液に近いポカリスエットのような何からしいが、その3種の点滴を、退院する一日前の12日まで続いた。
管に繋がれたまま眠るのは、初めての経験なのだが、やはりどうしてもぐっすり眠れない。
安静な状態で、2日目を迎えた。

高熱が出たり下がったりで、高熱にうなされた中で、5分から10分間隔で 聞こえてくるボケ老人の発する大声、「おーい」「まちこぉ~」の声が未だに耳に焼け付いている。
「まちこ」ってどんな人なんだろうと、そのボケ老人の絶対的に信頼している奥様(後で看護士に聞いた)ってどんな人なんだろう・・・とうなされながら考えるのだから、余裕といえば余裕なのだが、相変わらず2日目の夜にはまだ39度を超えた。

2日目の昼頃、やはり胃の辺りの鈍痛で入院したはずなのだから、お決まりの胃カメでの検査があった。
先に書いたように、私は極度の口内異物混入異常反応を癖としている。
Drに「全身麻酔でやってくれないか」と懇願するが、笑いながら、「麻酔の穏やかなのを注射をします。」という返事があった。あまりにニコニコ顔のDrの笑顔にちょっと安心した。「任せよう」と思った。

なにせ、生まれて始めての胃カメラなので、病室からその検査室に向かうことも緊張しぱなっし・・・。
「胃粘膜がとれるので、これをお飲み下さい」といって助手がコップいっぱいの液を私に手渡した。
カメラの写りが良くなるらしい。
これだけでも気持ちが悪くなる。我慢して飲み干すと今度は、「口を開いて下さい。」「少々苦いですが、麻酔です。」恐る恐る口を開けると、少々どころではないそうとう苦い液をのどの奥に噴霧された。
思わず嘔吐くとしばらく待って、また丁寧に噴霧された。 私が嘔吐いているその間に軽い麻酔液の点滴をもう一つ追加し、同時に、私の意識を鈍感にしたようだった。

私は、カメラが口から入りやすいように、マウスピースをくわえさせられ、されるがままの状態となった。
「はい、終わりました。」というDrの声で検査が終わったことを知ったのだが、検査中のことをぜんぜん覚えていない。たいへん楽な検査だった。
私の記憶では、早く終わった印象なのだが、きちんと検査をしたと聞いた。

 まるで私の身体は何もなかったかのように、検査後も爽快で、検査後1時間半後には遅れていた昼食もしっかり食べ、おびえていた「胃カメラ検査」は一応何ともなかったのだ。
検査結果は、もっとも恐れていた胃癌などではなく、ちょっと十二指腸が潰瘍ぎみとのことで、この春ぐらいから、私の聖地、仏画工房 楽詩舎が、高速道路建設に伴って、敷地部分の最も重要な部分が『収用』にかかった。
残った残地(工房そのもの)が使い物にならなくなるので、現況を復旧して貰う為には残地収用しかないのだが、これを、国交省や京都市との間でいろいろ訳のわからない理由を言われ、私の当然の権利がスムーズに聞き入れて貰えなくて、ホトホト困っている。
こういった人種との交渉事はまったく初めてで、誠実そうで、実は不誠実であったり、まったく何を考えているのか、世間づれしていない私には読めない。
こんなことで、イライラすることが多い昨今であったのだが、これが潰瘍の原因だと思われる。

「知的なやくざ」のようなやり口で、収用法という大きな国家権力を盾に、そんな特殊な法律に疎い地権者にあの手この手と挑んでくる手法は、絵の制作以外に神経を使ったことのない、純粋無垢な私にとっては、誠に疲れっぽい交渉ごとなのである。

また、このことについてはいっぱい書きたいことがあるので、改めて書く事にするが、とりあえず、初めての胃カメラ検査が無事終わり、胃もたいしたことはないそうで、一安心ということだった。

Dr曰く、あとはMRIで、胆石の検査をするとのこと。金曜日の10日まで、急性肝炎になった原因が分からないまま、また点滴の管に繋がれたまま病室で過ごすことになった。 

つづく

うだうだ | 16:12:03 | Trackback(0) | Comments(1)