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61歳になってしまった
今日10月9日は、私の61歳の誕生日。

誕生日を聞かれると、中学に入ったころから誰にでも言うセリフがある。

「ジョン・レノンと同じ誕生日なんやで!!」

だからどうした なのだが、あの偉大なるロックバンド The Beatles の John Lennon と同じ日に生まれたのだから、ただなんとなくうれしいのだ。

私の西洋音楽好みは、このビートルズよりもっと前、テレビ番組の創世記、「ザ ヒットパレード」だった。
小学生の高学年の頃だったろうか、「シェリー」「電話でキッス」「ワシントン広場の夜は更けて」など、ダニー飯田とパラダイスキング等日本の歌手が、一週間ごとにランクインするヒット曲に対応し、日本語の歌詞をつけて歌う番組だった。今、思うと歌手も作詞家も編曲者も必死だっただろうと思う。
ユーチューブにも動画がないので生番組だったはずだ。
凄い番組だった。

小学生の私は、日本語の歌詞で、西洋のポップスをのりのりで口ずさんでいた。

中学に入ると、ビーチボーイズやベンチャーズ、そしてこのビートルズ、深夜ラジオから流れてくる曲を、英語の練習のために買ってもらったテープレコーダーに録音し繰り返し聞いた。
英語の歌詞を真似て、それ風に・・・口ずさんでいた。
あの頃、イタリアのカンツォーネやフランスのシャンソンポップスもヒットチャートの上位にあった・・・。

高校に入ると、なけなしの小遣いで、当時330円だったシングル版レコードを買うことが出来た。
フランスギャルの「アニーとボンボン」が最初に買ったシングル版だった。

あれから、長い時が流れた。遠ぉ~くの昔にジョンは撃たれて死んだ。

うん?

私は60年生きたのかぁ・・・? それとも、61年生きたことになるのかなぁ?

誰か教えて欲しい。



うだうだ | 15:55:53 | Trackback(0) | Comments(0)
ワシントン・ナショナル・ギャラリー
早いもので、ちょうど一年前の今日、長女と初孫の愛子を連れて、アメリカのワシントンD.C.近郊のベセスダという町に向った。
長女の旦那の勤め先が、彼の希望通りここになったからだ。
NIH(National Institutes of Health-アメリカ国立衛生研究所)。合衆国で最も古い医学研究の拠点機関。
世界の衛生保健をリードする、この施設の研究員として働くことになり、6月に先に渡米し住居を確保、車も購入していた。

大阪国際空港から全日空でワシントンD.C.へ。
まだよちよち歩きの初孫の愛子はぎりぎり2歳前で運賃は無料、私と妻と娘の席は、その席の前にしきり壁と通路のあるエコノミー席だった。
この4席並んだ席の前の壁には乳幼児を寝かせる為の篭を取り付ける事ができるのだ。客室乗務員がサービスで取り付けてくれる。ちゃっかり長女の賢い案だった。 
乳児を連れていると特別待遇で、搭乗もビジネスクラスと同等に優先的に受け付けてもらえるし、エコノミーの客より早く搭乗させて頂ける。おまけに、ぐずった時の策のひとつなのだろうか、おもちゃも頂けるのだ。
幸い、長いフライトにも他の乗客に迷惑になるほどはぐずることは無かったが、昼と夜が真逆なので、ぐずる愛子を抱っこし、機内をあやしながら往復歩行する長女の二の腕はパンパンに腫れ上がっていた。

特別席

9.11テロ依頼の厳しいチェック体制なのか、水(液体)の機内持込や米国内持込に神経質なのが印象的だったのを思い出す。

その旅は、かつての中国人旅行者のように、とにかくたくさんのダンボール箱に詰めた荷物を抱えての旅だった。
まるでポーターのように長女と孫と大量の荷物を彼等の住居に送り届けるのが我々夫婦のお役目だった。

この上品な町、ベセスダの長女家族が住むことになった総煉瓦作りの築50年の古いアパートの一室に、我々夫婦は2週間ほど滞在した。
メイプル(楓)の木があちこちに植えられ野生のリスがあちこちで見え隠れする。
ちょうどこの葉が色付く頃、この町で、私は還暦を迎えた。

滞在中には、核シェルターに使うつもりなのだろうか、恐ろしいぐらい地中深くを走る地下鉄で、長女たちの住むベセスダのメディカルセンター駅から20分ほどの距離にある首都ワシントンまで数回通った。
ワシントンモニュメントを中心とした緑溢れる芝生の大広場、スミソニアン博物館群、国会議事堂、ホワイトハウス、FBI本部等などいかにも合衆国の首都らしい有名迫力の光景がそこにあった。

アメリカという巨大な国に憧れて育った我々世代は、見るもの聞くものがまるでTVや映画の一場面のように、なぜか懐かしく感じたのを覚えている。
しかし、そんなアメリカには、文化面では何も期待していなかったのだが、滞在の途中からは、財力で物言わせ世界中から集めに集めた、国立スミソニアン博物館群(19の博物館と研究センター)の美術館や博物館巡りが主となった。世界中の文化的遺産がここに集めてあった・・・。
世界中の一流の文化遺産や芸術作品の収集物の数は、1億4,200万点にも及ぶという。

我々夫婦は、2週間の滞在を終え、予定通り長女家族3人を残し帰国したのだが、今、長女のお腹には長男となる予定の赤ちゃんが宿っているそうだ。1月に生まれ出るらしい。1月には4人家族になる。

スミソニアン博物館の本部 ナショナルギャラリー本館前 ナショナルギャラリー

この秋、9月13日(火)-11月27日(日)まで、京都市美術館で「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展、印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション」という展覧会が開催されている。
今、新聞、テレビ・ラジオ等でかなりの頻度で広報している。
国立スミソニアン博物館群のひとつ、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが、開館70年を機に行われる大規模改修によってその間、初めて来日する作品も含め、印象派の優品50点をお借りすることがきたのだそうだ。

このワシントン・ナショナル・ギャラリーに何度か通った。
ここに収蔵される絵画は超一流品ばかりで、当然ながら我々夫婦はこれ等の印象派の絵画やルネッサンス期の絵画を3日間に渡って堪能した。

モデリアニ モネ ピカソ

京都で開催される展覧会は、これ等の多くの収蔵品の内ほんの極一部(50点)を展示するらしい。
大人1500円 高大生1000円 小中生500円 ということのようだ。 所詮借り物だから有料は仕方がないにせよ、わが国では国立博物館にせよ公立の美術館にせよ、収蔵されている作品の常設展覧でも有料だ。
おまけに、展示作品の写真撮影も、模写作業も許されない。

米国では、ワシントン・ナショナル・ギャラリーをはじめ、国立の美術・博物館群は入場無料という。
おまけに写真も撮り放題。(といっても他の客に迷惑になるようなことをすると、大きな黒い肌の警備員が飛んでくる)ブロンドの髪を後ろで無造作に束ねた画学生と思われる女性が、描きかけのキャンバスとイーゼル、画材を手に抱え、さっそうと入ってくる。
模写作業も許可申請の上だが許されるらしい。彼女はここに模写に通っているようだ。
誰でもが、彼女が絵を描くことにおいて、相当の力をつけるであろうことが予測できる。

名画の模写は、日本画も、西洋の油絵も、それを学ぶ人は率先してやるべきだと思う。
アメリカやヨーロッパでは、それが可能なのだが、わが国日本では、それも叶わない。
ほんの一部の特権を持った人だけがその作業に関われるだけ。

何とかしないといけない。

今、「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」開催の広報を聞くたびに、絵描きの立場としてこの状況を憂いてしまう・・・。

うだうだ | 09:09:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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