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夜中の2時にご近所のおばあちゃんが訪ねて来た。
自転車で通勤する自宅のすぐ近く、ほぼ毎日7時前後に、手のひらが地面に着くぐらい腰をかがめて柄の短い箒で路を掃いているおばあちゃんに出会う。
「おはようございます!」と、私が挨拶をする。
「あっ、おはようございます」とかすれた声で挨拶が返ってくる。まだまだ耳も目も確かなご様子。

以前・・と言っても、何年か前にお年を聞いたことがあるので今、93歳の御年だとおもうのだが、83歳の我が母と比べても、いつもお元気な様子。そんな御年には見えない。生きていれば父と同じ年だ。大正7年生まれだ。

息子さん夫婦と同居しておられるのだが、家の敷地が広い為、敷地内の別棟に1人で生活しておられるようだ。
そういった同居形態が、お元気で長生きされている秘訣かもしれない。が、我々よそ者には真似ができない。
大きな敷地あっての可能な同居形態だからだ。

我が妻も、そのおばあちゃんに時々声をかけて、世間話をしているようだ。

ちょっと前まで、お孫さんが同居していて賑やかだったが、息子さん一家も我が家と同じように、長女を嫁に出し、長男も1人立ちし、今ではその64歳の息子さん夫婦とその93歳の母親の3人が住んでおられる。

いつもは、10時ぐらいには床に就くのだが、昨晩は妻がTVCMに乗せられて観ていた「家政婦のミタ」と言う訳の分からんドラマを11時過ぎまで観てしまったり風呂に入ったりして、就寝が午前1時前になってしまった。(それにしても松島菜々子はいい女・・・。)
食後にマッサージ機で小一時間ほど眠ったから就寝時間としては、0時に床に入った勘定となる。


しかし、昨晩は、ある事件のおかげで、もっと寝不足になってしまった。


深夜、玄関の引き戸がガラガラと開く音と妻と誰かが話する声が聞こえ、目が覚めた。
眠い目を時計にやると、ちょうど2時。丑三つ時だ。

妻と老婆らしいかすれた声が、とぎれとぎれに聞こえてくる。

私は布団の中で「何事だ!? 夢か!?」と思いながらも、うつらうつらしながら耳を澄まして様子を聞いていた。
よく聞き取れない。
そのうち、妻が玄関から出て引き戸を閉める音がしたので、「うん!!」私は布団から跳ね起きた。 寒い!!

傍らのフリースをパジャマ代わりのスエットスーツの上に羽織って玄関まで進み出た。

玄関の上がり段には、あのご近所のおばあちゃんが、我が家の毛布を丸まった肩に被り、ファンヒーターの前に座っていた。
毛布の中はパジャマ姿だった。手には黒い財布を持っていた。

「おばさん、どうしたの?」と心配顔で近寄って行く私。「あぁ、夜中にすみませんなぁ・・・。」と困った顔のおばあちゃん。

この地に一軒目の家を買って36年。そしてこの2軒目の家に移り住んで、もう30年になる。
この辺では、我々のことを「入り人(いりびと)」と言っているらしい。「入り人」を卒業するには三代かかるとか・・・。

おばあちゃんは、話を続ける「私の家に、知らない男の人が来て、黒い幕を張ったはりますのや、私、怖わぁなって、隙間から逃げてきましたんや。」

『息子さん夫婦は?』 と、ずれ落ちそうになっている毛布をおばあちゃんの肩に掛け直しながら聞いた。
「それが誰も居やしませんのやぁ・・・。」

妻が、おばあちゃんの家の様子を見に出て行ったらしい。 玄関を開け外の様子を見ると、外灯の向こうは真っ暗な竹林。
冷気が顔を撫でる。

すぐに、妻が帰って来た。「あぁ、起きてたの?」 「当たり前や、寝てられるかいなぁ。」

「ご主人のお姉さんに電話してみるワ」と妻。

「おばさん、娘さんの家の電話番号わかる?」と近所に住む娘さんに連絡をとろうと聞いた。
すぐに娘さんの家の電話番号が口から出てきた。たいしたものである。

しばらくの呼び出し音にやっと電話口に出た65歳の娘さんは、何のことやら・・・と困惑。
生みの母の行動にだいぶ動揺していたらしく、「よろしく御願いします。」と電話を切ったようだ。

「さて、どうしよう・・・。」「警察?」

「おい、ほんまに息子さんたちが居ないのか確認しないと・・・。」 「そうやね。」

おばあちゃんは、息子夫婦は留守と言っていたので、電話帳で電話番号を調べ、掛けてみた。
20回も呼び出したろうか、息子さんが電話に出た。
様子を話すと、すぐに迎えに来た。

「スミマセン、ご迷惑をおかけして・・・。お袋、最近おかしいのですわぁ」

どうやら、部屋に黒い幕を張っている男の人たちは、おばあちゃんの頭の中の出来事だったらしい。

ヘルパーをしている妻は、実はこのことにすぐに気がついていた。

「おばさん、家まで送っていこうか?」と声をかけたが怖がって帰るのを拒否したそうだ。」 

こういう場合は、むりやり連れて行かない方が良いらしい。
それで、遠慮して中に入らないおばあちゃんの元へファンヒーターを運び、自分の使っていた毛布でおばあちゃんを包みこんだということだった。

やはり、気になったのだろう、娘さんも登場し、三人で一緒に自宅に帰られた。

一件落着。

私の83歳になる母親もそうなのだが、昨日言っていたことと今日行っていることとがぜんぜん違うといったことが頻繁にある。
「私もついに世話にならんならん時が来た。京都に行っても良いか?」などと、しおらしく言っていたと思えば、先日の電話では「最近、元気やし、耳もよう聞こえるようになった。もう、京都に行くことはやめるわ、計画中止!」発言に責任を持たない。持つ気など微塵もない。

もともと、掛かり付けの医者にも愛想をつかされそうになった人なのだ。
最近の私は、「はいはい」と素直に母の言うことに従うことにした。いちいち腹を立てていると身がもたない。

ということで、今日は生あくび連発。

眠いながらも、考えた。

結果、私はこの一件で気がついたことがある。ある種悟ったのである。

どんなに年を重ねても、所詮、「生身の人」は自分が生み育てた子さえ、不審に感じたり、愛した人に対してさえも不信感を抱く。
人が人を信じるということは、健全な生命力(パワー)が必要である。
身も心も健全な時ならパワーで、その健全さを維持できる。

しかし、年を重ね、老いてくると、そうはいかない。
身も心も健全ではなくなり、最悪、周囲の近しい人に対しても不信感や不審感が生じてくる。

長生きすることが一番大切なように思われがちだが、違うように思う。
健全でなくなった人は、やはり健全ではないのだ。

では健全に老いるにはどうすれば良いのだろう・・・。

神でも、仏でも信じれば良い。

人以外の正しい(神や仏の)教えを信じれば、信じることが出来れば、人を不審に思ったり人に対する不信感など自分にとって、どうでも良いことに思えて来るのである。

つまり、人の不確かな愛に囚われなくなるはずなのだ。

私は、今日まで、どんな宗教に対しても熱心に入信する近しい人が居れば、その入信の行為に対し、「遠いところに行ってしまった・・・。」と寂しい想いがつのった。

急に、新興宗教系の神や仏にすがるように入信し、身を捧げるようになった友人は、近しい私のことなど眼中に入らなくなったように思えて寂しい想いをしたことがある。

実態のない神や仏を盲信する気持ちより、人を心から愛する気持ちの方が尊いと思っていた。

母は、無条件に子を愛する。
母は子に対する愛の為なら何でもする。代償など求めない。
子を守るために、もしかしたら人殺しさえも・・・。

そんな母も年をとり、老い、体力も思考も鈍ってくると、その愛した子の愛を得ようと、いろいろ本能的に不健全な思考をするようになる。
その結果、その愛した子を不審に思うこともあるのだから、「愛」という身勝手な想いよりも、普遍的な神や仏の愛にすがった方が、自分の置かれた立場や子の愛を冷静に受け止めることが出来、無駄に苦しむこともなく、また圧倒的に「醜く」ならずにすむと思う。

年を重ね、どんどん老いて、肉体が朽ち果てる寸前において、精神構造が「醜く」なることだけは、絶対避けたいものである。


うだうだ | 18:44:26 | Trackback(0) | Comments(0)
従軍慰安婦
今、京都に来ている韓国の李大統領と野田首相の会談で、従軍慰安婦問題が再燃している。
日本の各紙も微妙に表現が違う。

「またかぁ!?」といった感想は拭えないが、私が父から聞いたことを、次の世代にもきちんと伝えておかないと、このままでは日本の次世代が鬼畜の子孫とされてしまう。
これはいけない、まずい、と思い、この私でさえこの先どうなるか分からないし、その頃に生きた父の素直な感想を聞いた私が、まとめておく必要性があると思った。

大正7年生まれの、今は亡き父が元気だった頃、「従軍慰安婦」という朝鮮半島から強制的につれて来られた女性たちが存在したのか聞いた事がある。

父は、満州からシベリア抑留を経て昭和24年に引揚げて来た旧日本陸軍軍人で、20代の若い頃から満州に渡り、父や母共々私の故郷の五個荘出身の中江勝次郎が起こした『三中井百貨店』新京支店で、呉服を販売していたようだ。余談だが、この今はない幻の百貨店は、1933年当時『三越』を超える売り上げがあったと聞く。ここで紹介される『幻の三中井百貨店』が、興味深い。この頃の朝鮮半島に興味のある方にはお薦めだ。

そんな中、大戦勃発。一兵卒としてお国の為に2度も召集され大戦に関わった経歴の持ち主なのだ。いわば、当時の生き証人というわけだ。

父は、戦争中のことを聞く私に、価値観が180度変わった経験からか、若い頃の自分を自信をもって多くを語ることはなかったが、それでも、幼い私にも断片的にその当時のことを伝えた。

話を戻すが、旧日本軍が、戦地の女性を慰安婦にするため強制連行したという主張がなされ社会問題となった1980年代当初、ほんとうにそんなことがあったのか聞いたことがある。

それは、私の知る周囲の大人たち(私の叔父たちや、父と同世代の元日本兵だった男)を知る限り、その全員が、戦争中とはいえ、嫌がる女性を性の道具にする男たちとは、どう考えても思えないし見えないからだった。

なぜなら、彼等は、今の我々とは違い、仏教という宗教観に立脚した高等な道徳教育を受けながらも、軍人としての武士道を修めるなど、いわゆる、※弱きを助け※強きを挫くといった価値観や美意識を持った本当の意味の大人の男性たちだったからだ。
(※弱き人とは、欧米に植民地化されていた、もしくはされようとしていた当時の朝鮮半島の人々や中国の人々をはじめとするアジアの人々のこと。強き人とは欧米のこと)

父の応えはこうだった。

「たしかに、慰安婦は居たけど、ぜんぶ給金を貰っていて、職業としてやっていた。高給取りやったと思うよ・・・。それに、慰安婦と仲良くなって結婚した兵隊も居たから、そんな強制的につれて来られた悲惨な女性が居たことは知らない・・・、そんな女性も居たのかなぁ・・・。それに・・・戦後の賠償は終わってるのとちがうのかないなぁ・・・。」

つまり、私の知るどの元日本兵に聞いてみても、「強制的につれて来られた」と言う証言者がいる限り、「自分の周囲には、そんな女性は居なかったが、戦争中なのでそんなことがあったのかなぁ・・・。」ということが本当の包みも隠しもしない心からの感想なのだろう。
知らないことに関して「絶対になかった」とは、決して言い切れないのが、普通の道徳観を持った大人の応えなのだ。

言った者勝ちとなってはいけない。

この私の父の応えは今の日本の誠意と立場をよく表しているような気がする。

セクハラ裁判でもなかろうに、問題は日本軍としてこのことがあったのかどうなのかなのだから、すでに、事実も補償完了時期もはっきりしている。

野田首相には、李大統領にきぜんとした態度で説明説得していただき、無事お帰り頂きたいと願うのは私だけではないはずだ。

従軍慰安婦の真実


従軍慰安婦 | 11:05:55 | Trackback(0) | Comments(0)
早朝の信号無視は間違ってるの?
通勤の自転車のペダルを漕ぎながら考えた。
いつも考えることだが、私の考えが間違っていると周囲の人は首をかしげる。

それというのも、今朝もそうなのだが車が通過する気配のない早朝の押しボタン式の赤信号。
私は、基本的に赤でも車が来る気配がなければボタンを押さずに通っても良いと思っている。

道路交通法では、

・青 色 = 進むことができる
・黄 色 = 止まれ(但し、危険が伴う場合に限り進む事ができる)
・赤 色 = 止まれ
・黄色点滅=周りの交通に注意して進むことができる
・赤色点滅=一時停止

ということなので、私の行為は、道路交通法違反ということのようだ。

早朝の大通りは車の通行が少なく、道路を横切る人も少ない。自転車一台横切るだけで、押しボタンを押すのは、憚(はばか)れる。
私が、ボタンを押すと、1分間は車の通行が遮断され、私の通り過ぎた後も、数台の車が停車しなければならなくなる。

私が少ない交通量の隙間を選んで速やかに横断すれば、それで済むことなのだが、押しボタンを押すことによって
通行中の車を運転している人たちの貴重な時間を奪うことになってしまうのだ。
親の死に目に合えない人もいるかもしれない・・・。

そもそも、規則や法律というものは、我々が集団で快適に社会生活を営むのに便宜的に決め事をしたものに他ならない。
決して正義や真理ではない。揺ぎ無い確固たる「正しいこと」ではない。

毎年たくさんの法律や規則が作られ、ともすれば、自分たちの作った規則に雁字搦めになり、かえって住み難い社会を構築していることにもなっている。

規則を守りましょう。法律は守りましょう。規律正しい社会を構築しましょう。
一見、戦争も無く穏やかで高度な社会のようだが、個人が「社会」という誰が望んだのでもないある種の「 型 」に嵌ってしまい、各々の宗教観に基づいた道徳観から深く柔軟に考えることを忘れ、法律こそが神か仏のように割り切り、規則が出来てしまえば、これ以上考えることを怠り、正しく生きることに価値を見出そうとせず、不誠実に生きているように思えてならない。

「くだらない法律がやたら多い国は病んでいる」と誰かが言っていた。

誰かの利益の為に作られた法律がいっぱいあるのに・・・。

法律や規則の源には、かならず、道徳や倫理があるはずだし、その道徳や倫理の根源には宗教観が存在しなければ成り立とうはずがない。

ちょっと前まで、各々が優しさ、慈悲心こそが絶対真理として、社会生活を営んできた。

いわゆる、「思いやり」が社会生活の絶対的な価値観であった。

ところが、今では「思いやり」よりも「法律・規則・損得」が優先され、それ等に振り回されている。

どこかが狂ってきた・・・・。

「信号を守れないお前が発言することではない」と、人は言うのだろうか・・・。


うだうだ | 09:37:40 | Trackback(0) | Comments(0)

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