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83歳の母と二人暮し
先の日曜日朝、田舎に1人で住む母を迎えに行った。

妻が長女の出産の為にワシントンに行っている間、私が1人で自炊しながら暮らしていることに、いろいろ心配して、自分が行って、助けてやらねば といったところなのだが、準備周到な母だから、妹曰く、迎えに行く3日も前から、きちんとこちらに持参するものは用意したあったそうな。

実は、私が工房に来ている間、自宅で1人で居るのだが、前にも書いたように、83歳の母は耳が遠い上に、足腰もおぼつかない。外を歩く時には老人車が欠かせない。
重いものは一切持つことが出来ないし、それどころか箸さえも落とすことがある。
おまけに、狭心症という、性格と微妙な関係のある心臓発作を持病としている。もちろんニトロ持参だ。

私の帰る時まで、何かあったらいけないので、家の中で1人で過ごしている。玄関の引き戸の鍵がきつくて弱い握力では、鍵を回せない為、そう約束してある。

私は、仕事をしながらも、母の様子が気になり落ち着かない。

今頃、何をしているのだろう・・・。テレビをつけても、音が聞こえないので、おもしろくないらしい。
実家の母のテレビは字幕が出るのだが、我が家のテレビは古いし、BSも映らないのだ。

日曜日と昨日の夜、母と2人で過ごした。

スカイプでワシントンの嫁にも孫夫婦にも曾孫にも会った。

便利な時代になったと、ひとしきり感心し、今の世の中の便利さに感謝したり、「ついていけん」と嘆いたり。

しかし、驚いたことに母は、しんんみりとこんなことも言った。

「こんなに便利になって、長生きさせてもろて、年金を死ぬまで貰ろて、病院で貰う薬も格安やし・・・。」役に立たん身体で、生かされているんやから、若い人には申し訳ないなぁ・・・。」と言った。

さらに、「長生きさせてもろてることには感謝せなあかんけど、長生きして何をせい言うんやぁ? この身体さえまともやったらまだまだ何でもできるんやけど・・・・もう、あかんわァ・・・。」

革新的な科学技術や医療の進歩に、この先、人間がどこに向うのかといったようなことも言っていた。

ちょっと前に私がこのブログで書いた「大いなる意思」の存在を考えさせるようなことも言っていた。

自力で買い物にいけないので、たいした物はできないが、冷蔵庫の中に入っているものでいろいろ作ってくれる。

「醤油はかけるな」「塩分は控えめ」「野菜を食べろ」相変わらずうるさい。

ここのところ、忙しくて何年も故郷で泊まったことがなかったが、一晩で、何十年も前の母親と息子に戻った。

想ってくれるのはありがたいが、やはり、いざ、一緒に過ごしてみると、43年のギャップは凄い。
いや、私は、15歳から、別棟の離れで暮らしていたから、46年も前に母とは一緒に暮らしていないことになる。

お互いの生活リズムが合わない。

旨かったはずの、お袋の味が・・・・いまひとつ。 私の好みをまったく忘れている。

B型の母は自分勝手なリズムで、A型の私の面倒を見てくれている・・・。

今度の日曜日まで、母と私と二人暮しだ。 正直、ちょっと疲れた・・・。

今日も、ちょっと早めだが、買い物もあるし、そろそろ帰ることにしよう。


うだうだ | 17:40:24 | Trackback(0) | Comments(0)
何というお正月・・・
やはり今年のはじめもバタバタと明けた。
今日から工房で1人で雑用と仕事。今年も出発から落ち着かない。今年一年を暗示している・・・。

30日の夜10時ごろ、工房で作業をしていると、実家近くに住む妹から携帯に電話があった。
お袋の具合が悪いらしい。かろうじて妹に電話を掛けて来たらしい。

実家まで車で15分の道程、妹が到着するとお袋の顔色は悪く、「もう、あかんわぁ・・・ハァハァ」と母。「そうとうしんどい様子やでぇ」と妹。
ニトログリセリンを5錠も飲んでいたそうだが、狭心症の母は、医者に、ニトロをお守り代わりに貰っている。
「何錠飲んでも、命に別状はない。」と、いつか医者が言ったことを信じている。

(※ニトログリセリンは急激に全身の血管を拡げて一時的に心臓の負担を軽くするが、この作用が副作用にもなる。血管が拡がるので血圧が下がる。その結果脈が早くなり動悸も起こる。血圧が下がり過ぎるとひどい立ちくらみのような症状がでたり気を失ったりすることがあるのだ。たしかに命には別状はないようなのだが・・・)

何年も前から、母は、何か気になることや、心配事があるとすぐに心臓が苦しくなる。最近は耳も遠くなり思うように体が動かなくなって、よけいに気を揉むようになってきている。
もともと、若い頃から心配性で、他人に物や気持ちの借りを作ることができない性分だった。
物や好意を借りてもすぐ返さないと気になって落ち着かない人だった。
たぶん、昼間に何かそんな類の出来事があったのだろう。

そういった性分なのからか、一方では、他人によくお節介をやく人でもある。
やや独りよがりの部分を隠せないが、今でも人の気持ちを最優先に考えるサービス精神は人一倍旺盛な人なのだ。
その為か、捉え方にも問題はあるのだが、他人の非道な行いや、冷たい言動には敏感で、よく傷つき怒っていた。

10年ほど前に、心臓にステントを入れているので、狭心症ではあるのだが、今までの医者は、よく起こる発作は「気のせい」とか「性分」と診断する医者が多かった。

その都度、「あの医者は、分かっていない。これだけしんどいのに気のせいとは何事!」と言っては、その医者を嫌い、行かなくなることが多かった。

お節介をやくこと意外は、私とよく似た性分なので、母の心の動きは、手に取るようにわかる。

私の将来を見るようで気が重くなる・・・。

受話器の向こうの妹の話では、すでに救急車を呼び、到着を待っているとのこと。
「今度は、ちょっといつもと違うし、病院どこにしよう? お兄ちゃんも早よぅ帰って来てぇなぁ。仕事は、お休みやろ?」とオロオロしている。

その時、一時間ほど前から、年賀状を作りはじめてていたがプリンタがうまく作動しなくなって作業が止まっていた。
いつもなら風呂から出てそろそろ眠る頃なのだが、その日は、深夜まで作業を覚悟していた時でもあった。

「以前も、こんなことがあったし、大丈夫。ニトロ5錠が効き過ぎている状況やと思うよ。」と、私。

実際に現場に居ない私は、直ぐにでも車を飛ばそうかと迷ったが、やらねばならないことが山積みだったので病院の件は妹に託し、もう少し様子を見ることにした。」

しばらくして、湖東記念病院に着いた妹から電話。

宿直医は内科の医者だけだったが、早速、診て貰ったら、心臓には異常がないとのこと、一応、心臓外科の担当医には知らせて貰ったが、点滴で落ち着いているとのことだった。時すでに深夜の1時。
30分後、点滴のおかげか母は落ち着いたようで、その日は病院に泊めてもらって、明日の朝の具合で、判断することになった。

2時まで作業して自宅に帰って寝たのが3時半。

結局、31日の朝には、退院というか、泊めて貰っただけとなった。
病名は、内科医曰く、「過呼吸?」とのこと・・・。まぁ、病名などどうでも良いこと。
元気になった母は、その日は、とにかく自宅で眠りたいとのこと。
1人でぐっすり眠ってもらう為、その日はあえて実家に帰るのはやめた。

結局、2日に、東京から帰ってきた長男と妻と3人で実家に帰って、お隣さんに新年の挨拶とお騒がせの陳謝挨拶。一緒ににぎやかに昼飯を食って夕方帰って来た。

今日は、朝から妻が実家に帰った。浜松の義母が5日から入院する為、顔を見に帰ったのだ。長男も友人と会ってご飯とかで朝から出かけた。

なにやら、あっという間に、三が日が過ぎようとしている。

明後日は、仕事始め。弟子たちが戻ってくる。ゆっくりする時間がない。毎年、正月は落ち着いて過ごしたことがない・・・。

31日、ワシントンに住む長女の旦那から連絡。同僚に私のホームページを見せたいのだが、日本語のページなので文字化けして意味が分からないとのこと。

ということで、これを放置しておけない性分の私は、31日から英語のウェブページを必死で作っている。 
文字化けを解決したいのだが、英語版OSのみのパソコンがないので、確認できない。

作る時間がもっと欲しい。

もう、午後7時だ。 今晩は工房に泊まろう。 今から何か食事の用意をして晩飯にしよう。

何というお正月・・・・。

新聞原稿より | 19:13:13 | Trackback(0) | Comments(0)

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