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日本による植民地統治時代の韓国の一面
朴 槿惠(パク・クネ)氏が、初の女性韓国大統領となるようだ。
彼女の父親が、親日の元大統領ということで、気になるのでちょっと調べてみた。

彼女の父は、朴 正煕(パク・チョンヒ)。
朴正煕は、日本統治下の朝鮮の慶尚北道善山郡亀尾(クミ、現在の亀尾市)で、貧しい農村部家庭の5男2女の末子として生まれた。
第二次世界大戦中の1944年に日本の陸軍士官学校を3位の成績で卒業(57期)[要出典]し、終戦時は満州国軍中尉だった。
第5 - 9代大統領(在任:1963年 - 1979年)を務め、軍事独裁・権威主義体制を築いた。
また、日韓基本条約の締結を行った。日本語読みは「ぼく・せいき」。
日本名は高木正雄(たかぎ まさお、 - 1945年)だった。

福田赳夫元首相が韓国を訪問した際、酒席において日韓の閣僚たちが日本語で会話をしている最中、韓国側のある高官が過去の日本による植民地統治を批判する旨の発言を始めたところ、彼を宥めたうえでこう語っている。
『日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している。』   — 金完燮 日韓「禁断の歴史」p.212 小学館 2003年10月 ISBN 4093896518

また、無名の若者たちが国の近代化を推し進めた明治維新を「明治維新の志士を見習いたい」と称賛していた。特に、中心人物の一人である西郷隆盛を尊敬し、西郷が語った「子孫のために美田を残さず」という言葉を好んで使っていた。こうしたことから、前述の浦項製鉄所や石油化学工場の建設の推進、さらに維新体制の確立など、経済政策やメンタリティ等あらゆる部分で日本の影響を色濃く受けていた事が伺える。

日本との関係を真剣に考えていたとされ、竹島をめぐる領有権問題について「両国友好のためにあんな島など沈めてしまえ」と発言したとも言われている。

酒を飲んで機嫌が良くなると、よく日本の軍歌を歌っていたと言われている。
                                     以上、Wikipediaより抜粋転載


と、いうことでで、今回の韓国大統領選挙のおかげで、朝鮮半島と中国の意図的な戦後反日教育の裏側で、こんな韓国人大統領が居たことを知る事ができたことは、私だけかもしれないが、武士道精神に裏打ちされた真っ当な日本軍の姿を見せてもらったようで、とてもうれしくなった。




従軍慰安婦 | 22:50:21 | Trackback(0) | Comments(0)