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台風18号で汚れた仏画館前の土手や周辺を掃除しました

修行中の弟子たちが、台風18号で汚れた仏画館前の土手や周辺を自主的に掃除しました。うれしかったので、撮影しました。ほめてやってください。パソコン限定動画です。

うだうだ | 09:57:20 | Trackback(0) | Comments(1)
台風18号の豪雨による桂川の増水に関する危機管理 (追加記事有り)
水害 北河原町周辺水害地図


16日、西京区松室にある一ノ井樋門のある当たり(松尾中学東北角)の道路が冠水し、住宅に浸水した。
昨年8月にも同じことがおこった為、その時、上下水道局下水道部みなみ下水道管路管理センター西部支所に問い合わせをし、回答を貰っている。
また、被害状況の写真を提供した結果、早速、当仏画館近くの雨水排水口のサイズを大きく変えて頂いた経緯がある。
この工事で排水口を大きくして頂いたので、今回の降雨に対しても安心していたのだが・・・、今回は、排水口の大きさが原因ではないようなのだ。

昨年、浸水に対して質問させて頂いた時の回答では、一ノ井樋門についての説明は以下の内容だった。

『桂川右岸地域の嵐山西一川町付近から松室北河原町付近に降る雨水は,水路により集水し,一ノ井樋門から桂川に放流することにより排除しております。
また,当該地域より上流区域に降った大雨により,桂川の水位が上昇した場合には,この一ノ井樋門を閉じることで,当該地域への河川の水の逆流を防止し,浸水被害を発生させないように努めております。』

つまり、この一ノ井樋門設置の目的は、嵐山西一川町付近(渡月橋辺り)から松室北河原町付近(京都・仏画館前)に降った雨水の排水が目的となる。

しかし、この度の台風18号のもたらした降雨による桂川の水位上昇に対して、逆流を防ぐ為の樋門閉鎖が行われなかったことは、この施設の有効利用が行われていないことになり、この仏画館辺りの水害は『人災』といえる。

樋門は、桂川の河原内にある『油圧式の門』と、停電で作動しなくなった時に対応する為、当仏画館前にあるプールの門(大型クレーン等での堰板)とで、二重になっている。
そのめったにないであろう作業の為に、日頃から大きなスペースが確保されていて、当仏画館の2階からはそのコンクリート地面に積もった砂塵埃や真夏など太陽の照り返しで眩しく暑い日々を送っている。

にも拘らず、くどくなるが今回(2013年9月16日)の台風18号の増水には、この設備が生かされず、門を閉めるといったその危機管理がなされていなく、当仏画館は浸水した。

「何故、閉めなかったのか?」との京都市上下水道管路管理センター西部支所への問い合わせに対しても「国土交通省淀川河川事務所桂川出張所から指示命令がなかったから」とちんぷんかんぷんの返事があった。
「マニュアルでは、国土交通省からの命令に従うことになっている。」とのこと。

しかし、こんなことはないだろうと思って、国土交通省淀川河川事務所桂川出張所に電話で確認をしてみた。
案の定、「そんなことは有り得ません、国交省が門の開閉を指示命令するなど有り得ません。16日のあの状況で樋門を開けておくなどもっての外です。」と京都市の対応に首をかしげていた。

昨年の質問に対する返事でも、
「京都市上下水道局といたしましても,市民の皆様の安心・安全なまちづくりを実現するための施策の一つとして,浸水被害の防止に努めているところであり,一ノ井樋門及び雨水排水路は浸水被害を防止する上で重要な施設として位置づけており,今後とも適切な維持管理に努めて参りますので,御理解と御協力をお願い申し上げます。」
とのことだったが、閉めるのを忘れていたのだろうか、それとも桂川の堤防際まで増水している水位を、「まだ大丈夫」と判断したのだろうか・・・。

桂川の堤防すれすれに水位が増え、門を閉めなかったら、やはり桂川の水位と同じになるまで、この巨大な穴からボコボコと水が湧き出すことになる。今回は、ぎりぎりセーフだったが、もっと水量が増えたらこの辺りに濁流が溢れ出すのだろうか・・・。

この一ノ井樋門に集まってくる雨水を貯める設備として、当仏画館の前には、深いプールのような「コンクリート製の巨大な穴」があるわけだが、その出口は、桂川の堤防(サイクリング道)の下をくり抜いたその先にある。直接桂川に注いでいるわけだ。
その上、つまり、大きなコンクリート製の穴と堤防の住宅側の間には「洛西用水」が走っている。

今回の増水では、樋門を閉めなかった為、この用水の水位と桂川の水位と巨大なコンクリート製の穴の水位が同じになった。(上右のグーグルアース加工写真、黄色く塗った部分が濁流)
この北河原町辺りでは、樋門を開けっぱなしにするということは、桂川の堤防の存在など意味が無いことになる。

この洛西用水は5世紀に秦氏が洛西方面の田畑への灌漑用水として造り、今も成り立っている。水路は、西京区から向日市、長岡京市に広がっているそうだ。

しかし、ここで、大変おかしなことに気づくのだが、もし、この門を閉めたとすると、それでは、この一帯に降った大量の雨水は、桂川に排水できないならいったい何処に流れ出るのだろうか・・・? 
結局、雨水が溜まってこの辺り一帯は冠水、浸水することになるのだろうか・・・?
それとも、桂川への排水をしなくとも、洛西用水路を通じてどんどん南の低い地域へ流れて行くのだろうか・・・。

今回の増水の写真(上左の写真)をよく見てみるとブロック塀に囲まれたこの施設内と用水には桂川と同じ色の濁流が溢れ、仏画館の前の道路には比較的きれいな雨水が冠水している。
用水の濁流は、嵐山方面で取り込んだ桂川の濁流なので、この濁った水の色は当然なのだが、一ノ井樋門から逆流してきた濁流が用水に流れ込んでいるようにも見える。
いづれにせよ、この施設のある内側では用水の囲い壁が低いようで、施設内に溢れた濁った水は用水を通じて流れ出ているのだろうか・・・。
この用水路は、この施設から120m先で、桂川に放流する為の水門と洛西用水の円形分水施設に導く水門の二つがある。今回の増水時にこの水門がどうなっていたか見逃したが、円形分水施設に流れていれば、この一ノ井樋門の施設内の水は処理できたのかもしれない。

仏画館の前の道路の冠水は、一ノ井樋門のプールが満杯で、付近の雨水が逃げ場所を失った為に溢れ出したと思われる。

いづれにせよ、これから毎年更新されるであろう予想外の降雨量に対し、この危険極まりない施設の管理が、一ヶ所ではなく、一ノ井樋門施設の持ち主の京都市上下水道局、洛西用水の管理をする洛西土地改良区、それと桂川そのものを管理する国交省の三つの管理下で危機管理が成されないといけないことになる。

今回のように樋門を閉じなければ、いづれ大水害を被ることになるのは明らかで、これは、自然災害ではなく、人災となる。
この門を閉じる作業をするのが、いったい誰なのか、誰が責任をとるのか、はっきりさせることがこれからの水害に対する危機管理の第一歩だと思う。

これに関連する動画






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2週間ほど前に京都市に質問しておいたのだが、2013年10月2日、上下水道局から、たなか氏、ひらはた氏のお二人がみえて、今回のこの件についてのミス回答に対しての侘びと今後の水害対策への説明を受けた。

以下にまとめておきます。

1、一ノ井樋門の開け閉めは、京都市上下水道局下水道部みなみ下水道管路管理センター西部支所が責任をもって担当する立場であることを確認した。

2、今後は、監視カメラを設置し、水位等厳重に監視し、一ノ井樋門を閉じた場合の嵐山の桂川右岸地区の雨水をどうやって排水するのか、洛西用水の利用も含め今後も検討を続け、結果は逐次報告するとの回答を得た。



新聞原稿より | 14:00:08 | Trackback(0) | Comments(0)
21、癌患者の辿る道
がん患者の辿る道

※この記事は、カテゴリー『肺癌』の最新です。

先日、私の所属する仏教クラブの例会で、「あそか第2診療所(ビハーラクリニック)」院長の大嶋健三郎 氏のお話を聴く機会があった。

『今、日本は緩和ケアを進めようとしていて、厚生労働省も積極的に参画している。
ただ、厚労省の動きには患者さんのためという側面と、医療費を抑制したいという側面があり、技術力の高い病院にがん患者は集中しますから、そういう病院はどんどん患者さんを回転させて、治療することが無くなれば後方支援病院というか、もうちょっと小さな病院へ送れ、ということになる。
それも実際にやらなければならないことではあるが、後方支援病院へ回された患者さんは「見捨てられた」という思いの中で生きていくことになり、私はこのような現状が決して正しいとは思っていない。

緩和ケアが必要だと叫ばれた結果、がん拠点病院には必ず緩和ケアチームを置かねばならなくなり、チームの中には緩和ケアの実績がほとんどない医療スタッフが入っているケースも多い。
そしてプライマリー緩和ケアとされている分野では、まずモルヒネがしっかり使えて、痛みを取ることが第1段階だとされている。

もちろん、緩和ケアの専門家として痛みのケアはできなければなりませんが、緩和ケア全体から見れば、それよりも患者さんとの全人的な信頼関係を築いて、患者さんの人生の最期が少しでも充実したものになるために努める方がはるかに大切だと思う。
緩和ケアの名の下に痛みのケアだけという皮相な形で緩和ケアが広まるのは良くない流れだと思う。

ただ、その流れの先には、ただ痛みを取るだけでは駄目なのだということが分かってくる日が必ず来ると思う。
そのためにも私たちのような施設が頑張って実績を積んでおく必要があるのです・・・。』

と、いったことだったように思う。

私も人事ではないので、人生の終末をどのように迎えたら良いのか、考えさせられた。

癌・・・。 3人に一人がこの病にかかり、その半数が死ぬことになる。

人生の終末をどう生きるのか、上の図をクリックし、じっくりご覧頂きたい。

そしてあなたの終末をどう迎えるか、きちんとイメージしておいた方がよいと思う。


肺癌 | 17:34:36 | Trackback(0) | Comments(0)

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