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クリスマスの頃 No2
オードリー・ヘプバーン


クリスマスと聞くと幼い頃のある光景を思い出します。

我が家の座敷の縁側に一枚だけ干してあった大きなズロース。ポパイのオリーブが穿いていたあれです。
そのズロースが昼間の前栽を背景に逆光でシルエットとなっていたのです。

縁側に洗濯物が干してあるという我が家では見慣れない光景だったのです。

私の故郷は近江の国は五個荘(現東近江市五個荘町)。近江商人の出身地として有名(なのかどうか知りませんが)、繖笠山の西は信長が築城した安土。
その安土桃山時代には、時の権力者信長の庇護を受けたキリスト教が栄えた土地柄でもあります。

その流れか、安土付近には宣教師や修道女(シスター)が多く住んで活動していたようで、その名残なのか、昭和30年~35年頃には、クリスマスが近くなると、広場に大きなテント小屋が建ち、臨時教会としていました。

そのテントの中に子供たちを集めて、いかにも清楚で美しい(尼僧物語のオードリーのようなというには言い過ぎと思いますが)修道女(シスター)たちが、キリストの誕生について、紙芝居やら幻灯(今のスライドのようなもの)やらを駆使し、なんとも優しくて清らかなお声でキリストさんの話をしてくれました。

どんな方法で我々を集めたのか記憶はありませんが、家々にチラシでも入ったのでしょうか、近所の男のガキどもと早めに出かけ、帰りに貰える駄菓子に期待し、一緒に席を陣取り、その聖なるキリスト誕生のお話を聞くのです。

キリスト教の布教は、このように全世界の未開の地で物量作戦で広めていったようですが、この日本では、キリストも八百万の神々のお一人となられたわけですから、イエズス会、ちょっと計算違いだったかもしれません。

話が逸れましたので戻します。

大きなテントの中は暖房があって暖かいのですが、やはり真冬です。シスターのお話も佳境に入った頃、たくさんの子供たちで埋まった後ろの席がざわざわと騒がしのです。入口に近いので冷えたのでしょうか、幼い女の子がおしっこを漏らしたらしいのです。
あまりにザワザワが続くので薄暗い後ろを振り向くと、そのおしっこを漏らした女の子というのは、近所のお姉さんたちと一緒に来た私の3歳年下の妹だったのです。私は小学校の4年生ぐらいだったのでしょうか・・・・。

妹が周りに迷惑をかけている・・・と、認識するや、私はとっさに他人の顔を決めこみ、一緒に連れて来て貰った高学年のお姉さんたちに「よろしくお願いします」と心で願い、良く言えば、その事件の処理を委ねたのを覚えています。

悪く言えば、他人の顔をして、知らないフリをしたのです。悪い薄情なお兄ちゃんでした。

でも、ちょっと言い訳をさせてもらいますと、ほんとうは妹の居る処まで駆けつけ連れて帰ろうと思ったのです。
でも、前に座る私から妹たちの居る後ろの席まで、他の子供たちでギッシリ。足の踏み場もなかったのです。

キリスト誕生のお話も佳境に入り雰囲気を壊すわけにはいかなかったのです・・・。

そんなことで、妹のその後のことは、お隣のお姉ちゃんに任せて、たくさんの駄菓子を貰い、寄り道をしながら、すっかりそのことを忘れ、何もなかったように家に帰ったのです。

そこで、目に入ったのが、その座敷の縁側に干してあった真っ白で大きなズロース。

幼い少年の私にも、その大きなズロースが、今日の出来事から察してあの修道女のうちの誰かのだと理解できたのです。

妹はその小さな体に大人の女性の穿く大きなズロースを穿かせて貰い、家に帰ってきたようです。

すぐさま、お袋が洗って干していたということです。

優しい目線の清楚で美しい大人の女性の穿いていたズロースを目の前にした小学校4年生の男の子は、オスとしての初めての何ともエロチックな感覚を覚えたのです。

これが私の幼い頃のクリスマスの不謹慎な淡い思い出・・・なのです。



うだうだ | 09:30:10 | Trackback(0) | Comments(0)
クリスマスの頃 No1

アメリカのTV番組で育った私は、とにかくアメリカ発信の音楽や映画の世界に憧れた。
特にクリスマスの頃となると、今もそうだがクリスマスの音楽がTVやラジオから流れ、私をウキウキさせた。

昨晩、娘からLINEで動画が送られてきた。初孫のお誕生日会の様子がスマホで撮影されていた。
孫のAIKOの周りには、アメリカ人のお友達が6人も居て♪ハッピィ バースディ ディア アイコ♪ と、きれいな発音で祝って貰っている。まるで、映画のワンシーンのよう・・・。

我が長女は、ワシントンでの生活に抵抗がない。
私の影響か、小さな頃から洋楽を聴き、洋画を楽しみ、外大に進み、留学もし、現在はワシントンD.Cで貧しいながらもアメリカ生活をエンジョイしている。

私が若い頃、夢に見、憧れていたアメリカの地で我が娘と孫たちが活き活きと楽しくそして一生懸命暮らしている・・・。

そんなクリスマスを前にした今朝、私の生まれた頃に流行ったのだろうRay SmithのAn Old Clistmas Cardの甘い歌声が、YouTubeの登録チャンネル新着案内メールで届いた。

この映像、私が懐かしいわけがないはずなのだが、映像とRay Smithの甘い歌声に、良き時代のアメリカを思い出してしまうのだから、なんとも不思議な感覚なのだ。


うだうだ | 10:15:04 | Trackback(0) | Comments(0)
洛西は朝から冷たい雨が降っています
今朝の洛西は朝から冷たい雨が降っています。
昨晩、自転車で帰宅すると、妻が「自転車で帰って来たのぉ?」、「明日は雨よぉ!」とけげんな口調。
「あぁ、そういえば、夜の空が妙に暗かったなぁ・・・。明日は雨かぁ・・・。」と私。

天気の良い日には、工房に車を置いて、自転車で帰宅します。翌朝はその自転車で出勤するのが、今の私の移動サイクルになっています。
先日、帰宅途中に雨に降られ、慌てて100円の簡易合羽を着て帰ったのですが、膝がびしょびしょになり、簡易な合羽は本格的な雨降りにはむいていません。

なので、3日ほど前、アマゾンで雨合羽をポチりました。 ※ポチる=ネット通販で購入すること

そのズボンと上着とに分かれた雨合羽は自転車の前の籠の底に常備されており、いつでも装着できる体制にしています。
その安心感のせいか、昨晩の帰宅時には、今日の天候をチェックするのを怠りました。


今朝の朝食のとき、妻が自宅にある車で「送って行こうかぁ?」と、また、けげんな口調で、優しげな声かけをしてくれました。
昨晩、こういうことになるので、けげんな口調で今日の天気予報をしてくれたのだと思います。

「いや、自転車で行く!」

まだ薄暗い中、雨の降る中を自転車で飛び出すのは、かなりの思い切りが必要ですが、妻のそのけげんな口調の優しい声かけをきっかけに、新しい雨合羽の性能を試したくなったのです。

合羽に当たる雨の音が、耳に響きます。なんだか懐かしい音です。

高校生の頃、自転車で通っていた頃の音です。46年も前の記憶ですが、その口の周囲が吐く息でびしょびしょになる不快感と共に、当時の記憶が蘇りました。頬に冷たい雨が当たります。

7時過ぎというのに、あたりは薄暗いのです。
自転車のライトは薄暗さを感知して自動点灯しています。行きかう車のヘッドライトも全部点いています。

私と同じような年配の方も雨合羽を着て自転車で通勤しています。
学生はまだ時間が早いせいか、ちらほら見かける程度ですが、彼らも雨合羽を着ています。
彼らはペダルのこぎ方がパワフルです。そんな男子高校生の姿が若き日の私と重なります。

雨の洛西・・・車ではなかなか感じることのできない、青春の頃の冷たい雨の日の感覚が蘇ったのでした―。


うだうだ | 10:00:11 | Trackback(0) | Comments(0)
ごもっともなフレーズがあった
ごもっともなフレーズがあった。64年生きてきたジジィの私は、しごく納得しました。 
このとおり! です。

実力の差は努力の差


実力の差は努力の差
実績の差は責任感の差
人格の差は苦労の差
判断力の差は情報の差

真剣だと知恵がが出る
中途半端だと愚癡が出る
いい加減だと言い訳ばかり

本気でするから大抵のことはできる
本気でするから何でも面白い
本気でしているから誰かが助けてくれる





うだうだ | 11:44:28 | Trackback(0) | Comments(0)