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藤野正観のちょっと書いてみます(2016年7月8月号合併号原稿より) 
2016-7月8月用-ある日の工房の風景
ある日の工房の風景



学ぶべき時

 幼い頃から絵を描くことが何よりも好きだった私は、油絵を描いて過ごした高校を卒業すると、縁あって京都の染織図案家の内弟子となります。
 学校で習うことのなかった日本の伝統文様や、その西洋にはない色や形など、日本固有の美に目覚めます。 また、それ等を辿っていく伝承方法に我を忘れて没頭します。

 師の元から独立させて頂いて六~七年経った三四歳。妻も子も居る普通の生活を営んでいます。 
その頃、日本画の極みであるところの仏画に出会い、それを生業と決めます。新しいことを始めるには、決して若くはありません。

 もともとイタリアルネッサンス期の宗教画の「聖母子像」に代表される「慈悲の目線」こそが「美」と信じる私は、同じ主題を持つ仏画にのめり込んでいきます。
 それまでに培った伝統描画技法はもちろん、和の美意識や価値観は、伝統仏画の制作にぴったり嵌まります。持ち合わせのないのは、「仏教」の知識と信心だけでした。
 しかし、仏縁とはパワフルなもので、ある出版社とのご縁で、著名な仏教学者や古画保存修理の先生方のアドバイスやら知識を頂戴し、後に多くの優れた僧や高僧ともご縁をいただくことになります。
 今までに約五千点以上の仏画を全国のご寺院に描かせて頂きました。我ながら信じられない量の仕事をしてきたものです。
 仏画を描きたいという一念が、大層な結果を出したのです。
 今後も続けられるかどうか体力的に自信はありませんが、仏画家人生において、私自身が心底納得できる仏画を一点でも多く世に残すことが、今の私の最大の目的となっています―。
 前号でも少しふれましたが、私が中学の頃、勉強も運動も、全てが「勝ち負け」でした。
私はそんな評価をする大人たちの世界が嫌いでした。
いつも反発していました。
「テストの成績など、気にしたらオレの負けや!」と、嘯きながら校内の掲示板に貼り出された成績順位を横目で見ていました。
 友人との戦いに勝った子供が、いつも評価されていました。その頃の私は、心のどこかで結果を気にしていた意味からすると、たぶん、負け組みだったのかもしれません。

 十五年ほど前から、私の手作りのホームページを探し当て、仏画制作を学びたいという一心で、私の工房の門を叩く者が多くなりました。
 最高学歴、しかも社会人としての経験も積んでいる者が多いのです。
その彼らが言います。「今まで生きてきて初めて、心から学びたいと思った。」と。
 教え伝えること、そして学ぶこと。この二つがうまく絡み合う時、最高の伝承・継承、そして新しい何かが生まれます。
 学ぶのに、遅いも早いも、勝ちも負けもありません。「心から学びたい」と思う時、その時が、「学ぶべき時」なのです。


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冊子原稿より | 14:04:49 | Trackback(0) | Comments(0)