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藤野正観のちょっと書いてみます(2017年3月号原稿より) 
2017-3月号用-NHK-Eテレ日曜美術館(2月5日放送)に出演中の筆者
NHK-Eテレ日曜美術館(2月5日放送)に出演中の筆者


日曜美術館「等伯ダンギ」

 二月五日と十二日再放送のNHK-Eテレで、『日曜美術館』という番組が放送されました。 スタジオにゲストを迎えて、長谷川等伯の作品を通して彼の人物像を浮き彫りにし、いろいろ談義しようという内容です。
私はこの番組中のビデオに少しだけ出演しました。
この番組が、始まってもう四十年だそうです。美術ファンなら観たことのない人はいないと思います。

 昨年の年の瀬、その歴史ある番組を制作されるディレクターから突然電話が入り、「長谷川等伯の特集を組む予定なのだが、話を聞かせて欲しい」とのことです。
「長谷川等伯のお話しを?この私に?聞きたい?」
何のことなのか、とっさに理解できず「えっ!なぜ私なんですか?」
その電話のディレクター曰く、「等伯は能登半島の七尾という所から京都に出て来て、当時の御用絵師の最高峰であった狩野永徳をも凌いだとされるのですが、その七尾時代に仏画を描いて生活していたそうなんです。
それで、その仏画の制作を三十歳頃まで描いていたことが、後の等伯の描く絵画に良い影響を与えていたのではないかと思うのです。」ということで、現役で仏画を描いて生活している私に意見を聞きたいということでした。
 その肝心の私はといいますと、七尾の武家の家に生まれた等伯が幼い頃、仏画制作や染を生業にしている長谷川家に養子に入り、都に出る三十三歳まで、数多くの仏画を手掛けていたなどいうことはまったく知らず、何のコメントも思い浮かんできません。
どうしたものか一瞬考えましたが、正月休みに、蔵書の美術本を見たり読んだりすれば、何とかなるだろうと「承諾」の返事をしたのです。

 年末には、東京からそのディレクターが私の工房に来られ、取材を受けました。正月休み明けにすぐ収録したいということで、TV番組の制作というのは、けっこう慌ただしく進行するものなんだなぁと、ぶつぶつ呟きながら、全国ネットで恥はかけぬと、正月休みは工房に籠り、等伯作品の解説を読みふけりました。普段は読むことのない解説の欄はやはり勉強になります。
そんな一夜漬けの「勉強」のおかげで、等伯という桃山時代の偉大な絵師の画風が変化していく様を同じ絵師として感じることができました。

 今回放送された番組は、スタジオのゲスト、ファッションデザイナーのコシノヒロコ氏、「等伯」で直木賞を受賞した安部龍太郎氏、漫画家のおかざき真里氏のお三人と司会のお二人が等伯の人物像や作品について談義するといった構成でした。お話の途中に、私や石川県七尾美術館の学芸員さんや等伯の子孫である某芸大職員等にあらかじめインタビュー取材したビデオを挟み、より話を盛り上げようといった演出です。
 番組は、やはりスタジオでお三人が談議される内容を尊重され、各ゲストの素直に感じられた『等伯』の作品に対する独特な感じ方や、等伯の人物像に想いを馳せた内容になり、あまり専門的な内容ではありませんでした。私の等伯論などは、編集でカットされたこともあり、せっかく正月休みを返上して勉強した『等伯』、次回は、これをまとめてみます。


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冊子原稿より | 13:45:06 | Trackback(0) | Comments(0)