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古いシミだらけの色紙が出てきました
seiko.jpg
当時流行っていた「あられちゃん」の作者鳥山明氏の画風の2.3歳の頃の長女


 昨日の日曜日、私が仕事で休めないので、妻が一人で車を運転して不慣れな大阪に住む長男の家に、ベビー布団とベビーダンスを持って行くと言います。
今では空っぽの二階の子供部屋から、長女家族がまだ日本に居る時に数か月だけ使っていたベビーダンスを車に積もうと動かしていますと、壁とそのタンスの間から蜘蛛の巣に覆われた2枚の古ぼけたシミだらけの色紙が出てきました。

私が描いた長女の2・3歳の頃のイラスト画です。
ということは35年ほど前に描いた色紙ということになります。
まだ私が染織図案を描いていた頃ですから、図案を描く時に絵具皿に余っていたポスターカラーで色紙に描いたものと思われます。

長女が、お気に入りのスタジャンを着て、いつものお人形を抱えてご近所さんに愛嬌を振りまいている様子を描いたものです。
当時流行っていた「あられちゃん」の作者鳥山明氏の画風です。
私の友人に貰ったあられちゃんの帽子を被って、はしゃいでいた頃です。

来月早々、我が家では、その長女の2歳年下の長男夫婦に初めての子供が生まれてくることになっています。
長男は結婚が遅かったので我が家では初めての孫ということになります。
仕事の都合で大阪住まいですが、嫁は土曜日から、奈良の実家に帰り、初めてのお産に挑みます。

そんな慌ただしい中、長男は急な中国・湖南省の省都、長沙市に出張ということで今日の午後、成田から飛び立つそうで、その準備でバタバタしています。
長沙といえば、2014年の尖閣諸島の国有地化に伴って、日本のスーパーマーケット平和堂が反日暴動で災難にあった、記憶に新しいあの都市です。
やはり、中国というと、反日勢力といったイメージが拭えませんので、私としては結構心配なのです・・・。

そんなことで、昨日の休みの間に、赤ちゃんがお腹の中からいつ出て来ても良いように、大阪の自宅に帰って来た時の準備をしに、慣れない大阪まで、妻が一人で運転して運んだということなのです。

自分の子供の二人の出産準備。長女の二人の子供の出産準備。そして今度は長男の一人目の子供の出産準備。
長女の二人目の子供の出産の時には、ワシントンDCまで一人で飛んで行った妻。 母は強い!
いや、ほんとに、よくやってくれます。

古い絵が出て来た今、我が家のその慌ただしい時の流れを思い起こしています。



うだうだ | 09:23:13 | Trackback(0) | Comments(0)
藤野正観のちょっと書いてみます(2017年7月8月合併号原稿より) 
2017-7月8月号用-2006年6月-インド・灼熱のナーガルジュナ・コンダ遺跡で、少ない木陰に退避する筆者一行
2006年6月-インド・灼熱のナーガルジュナ・コンダ遺跡で、少ない木陰に退避する筆者一行


龍樹菩薩の島

 猛暑の夏がやって来る今の頃、あのハードな旅を思い出します。
二〇〇六年にインド・デカン高原の仏教遺跡に旅をした時の、あの強烈な暑さ・・・。忘れられません。
 二五〇〇年前の北インド。
お釈迦様のご一行が、夏の暑い時期にはマンゴウ林など木陰が多くて涼しいところに留まって、修行したり説法をされたそうです。そのことを夏安居(げあんご)といいます。
 暑さ凌ぎとは、ちょっとお釈迦様御一行は軟弱じゃないの・・・?  
 それなら、実際にその「インドの暑さとやらを体験しよう!」ということになり、私が、西国二〇番札所の善峯寺のご住職をはじめ、お知り合いにお声をお掛けし、インドでは最も暑い時期とされる六月にその猛暑体験ツアーを決行したのです。
 参加者は、私の仏画教室の生徒さんの三〇歳代の女性二名と、ちょうど旅の途中で還暦をお迎えになった方を年長に、老若男女計十三名。小回りの利くちょうど良い人数です。
 インド旅行ではよくあることですが、この旅も数時間遅れでデリーに到着。少し仮眠して直ぐにボパールへ向かいます。旅の初日から寝不足です。
 世界遺産のアジャンタやエローラ、ハイデラバードのゴールコンダ遺跡、ナーガルジュナ・コンダ遺跡、ビジャヤワダのアマラバティ仏塔遺跡、チェンナイのマハーバリプラム海岸寺院、それとムンバイでは、予定を変更してカンヘリー石窟寺院群を訪れました。
 今まで何度か訪れた北インドの仏教遺跡も私にとっては、筆舌に尽くし難いほどの圧倒的、感動的聖地ですが、夏の暑さで思い出すのはやはりこの旅。今回は、その旅先でも強烈な暑さで印象に残るナーガルジュナ・コンダ遺跡の様子を書きます。

 当時、日本人もまだ訪れる人も少なく、日本大乗八宗の祖、ナーガルジュナすなわち、龍樹(真言宗では龍猛)菩薩のお生まれになった聖地です。
 この地は、一九六〇年、ダムの建設に伴い、水没することから主要な遺跡を発掘された通りに再現、方位もそのままに丘の上に移設し、水を湛えた現在は、遺跡の島(ナーガルジュナ・コンダ)として保存されています。
 この巨大なダム湖は、想像以上に大きく琵琶湖の1/5ぐらいの大きさだったでしょうか、一〇〇人乗りぐらいのボートで四十五分ほどかけて、その遺跡の島に渡ります。
 インドの真夏ですから、船着き場では、真っ黒に日焼けした子供たちが、自然石の埠頭からダイブして、出発を待つ私たちを楽しませてくれます。
 道中の船から見える湖岸の大部分が赤土と岩肌がむき出しで、この巨大な湖が人造湖であり、この船の下に龍樹菩薩が活躍された地が沈んでいることを感じさせてくれます。
 デッキの椅子に疲れた体を委ね、それぞれの想いで過ぎ行く湖の景色を眺める私たちを、時おりディーゼルエンジンの排気ガスが現実に戻します。
 それでも、湖面で冷やされた風が真夏の日差しで火照った頬を優しく冷やしてくれます。
 周囲四㎞ほどのこの島に着くと、徒歩で遺跡を巡るのですが、木陰の少ないその島は灼熱の太陽に熱っせられ、四〇度は軽く突破しています。
 肌を刺すような強烈な日差しは、お釈迦様ご一行の「夏安居」を私に納得させるには十分な暑さでした。


冊子原稿より | 14:03:45 | Trackback(0) | Comments(0)
アナザー・プラネット Another Earth
アナザープラネット
アナザー・プラネット  原題:Another Earth


SF映画と思いきや、科学的内容はないに等しい。
ファンタジーのようでそうでもない。ヒューマンドラマのようでそうでもない。
もう一つの地球があって、そこにもう一人の自分が居るとしたら・・・。
どうも主題はそこにあるようです。
劇中に以下のようなナレーションがあったので、この映画を観終わった私の感性で、ちょっとアレンジしてみました。


もう一人の自分


人生は驚きの連続です。

生物のミクロの世界に驚嘆し、宇宙が果てしなく広がっている事実に圧倒されます。

かつては夜空に心を奪われ、今はその外に想いを馳せています。

しかし、最大の謎はそのどちらでもなく、おそらく我々自身そのものではないでしょうか?

自分自身を正しく認識すれば、自分が何なのか知ることは可能なのでしょうか?

もう一人の自分が居たら、もう一人の自分に何を伝え、もう一人の自分から何を学ぼうとするのでしょうか?

もう一人の自分がもう一人の自分に会った時、自分はもう一人の自分に何を見ようとするのでしょうか?

本当のところはどうなんでしょう?


※この不思議な映画を観て、その主題に感化され、CM表示を回避するために記事としてまとめてみましたが、これ、「自分という私」を見つめる良い機会となります。
なかなかの秀作だと思います。
特に最後のワンシーン。
お勧めです。


映画 | 10:42:11 | Trackback(0) | Comments(0)