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三宝の集い限定オリジナル御朱印
朱印完成イメージ
会場で授与される三宝の御朱印(500円)


第25回・三宝の集い
~みほとけの心にふれる、至福の時を、あなたに~ 


みほとけの心を語る
高僧と宗教学者による法話と講話

日時:令和元年10月20日(日)10時~   入場無料
場所:知恩院門前の和順会館

法話と講話:
中西玄禮 猊下 (総本山永観堂第九十世法主)
瀬川大秀 猊下(真言宗御室派管長・総本山仁和寺門跡)
山折哲雄 先生(宗教学者)

パネルディスカッション
コーディネーター:山折哲雄氏、
パネラー:大谷義博師(仏教クラブ会長)、中西玄禮師(仏教クラブ副会長)、瀬川大秀師(仏教クラブ副会長)、

ということで、私の所属する仏教クラブの年に一度のイベントが開催されます。

今回より三宝の集い限定オリジナル御朱印(500円)も会場で授与することになっています。
諸事情で日本で一番歴史ある「墨蹟展」を止めることになりましたので、この御朱印授与が、唯一の外部からの収入となり、
今年からは、毎月の例会時における会員からの寄付金にプラスし、この売り上げ金が主な資金となり、被災地および恵まれない子供たちへの「支援金」にストックされます。

この、御朱印は、私の描いた「白衣観音図-墨彩仏画」に、書家でも高名な、「くぎ抜地蔵」の住職、加藤廣隆師のご揮毫による「仏教クラブ三宝の集い」の何とも魅力ある「書」が印刷されたオリジナル台紙に、日付と三宝印を捺印したものとなります。
この「三宝の集い」の会場でしか、お授けできないことになっております。
つまり、年一回のチャンスです。
御朱印目的だけにお出かけいただいても結構です。
ここ(三宝の集いの会場)でしかお授けできない貴重な三宝のご朱印、あなたも、どうぞ、手に入れてください。

三宝とは、
仏:(仏陀)
法:(仏陀の説いた法)
僧:(仏法に共感し、支持し、広めようとする者たち)

詳しくは、仏教クラブ「三宝の集い」のページで!


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告知 | 17:28:29 | Trackback(0) | Comments(0)
追善供養って仏教かい?
地獄図部分
地獄図 部分 2007年制作『地獄図』より


6月17日に、享年92歳で母が亡くなって3週間が過ぎました。

7月5日、今や誰も住んでいない実家に、7日ごとに遺影と位牌等法具セットを持ち歩き、母の曽孫までの血縁縁者が集まり、前倒しで四七日を済ませました。

こういう言い方、表現をすると誤解されそうですが、亡くなった母が亡者となり、堕ちた六道の関所を無事通過できるように目印となるようにと、線香を絶やさないように気を付けたり、電気ローソクを灯したり、水や、膳を用意し母の遺影と位牌の前に供えたりと、24時間、バーチャルな世界にどっぷり浸かり、私はゲームはしないのですが、法要の日など、まるで集団でゲームをしているような不思議な気分です。亡き母の冥福(死後の幸せ)を祈り供養する我々が善根を修める(貪らない、憤らない、愚かでない、等徳を積む)のだそうです。

葬儀までは、その不思議な気分はなかったのですが、それ以降、初七日、二七日、三七日・・・七七日、と追善供養が続きます。
父親の時は、何も疑問に感じず、素直にその中陰の時期を過ごしたと記憶しています。
【※中陰とは、人が亡くなってから次の新しい世界へ向かうまでの四十九日間(七七日)のことを指します。
中陰の間に7日間ごとに故人の生前の罪に関する裁きが行われ、縁者が供養することで滅罪され、生まれ変わる死後の世界(六道=地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天)が決められるとされています。】

私は、十三仏図や地獄絵図や六道絵図も描いていますので、お勤めをしてくれる和尚が中陰和讃を唱える時、どうしてもその映像がはっきり頭に浮かぶのです。

ところで、追善供養は仏教の教えにあるのでしようか?

神通力では弟子の中でも一番と言われる目連尊者が、「亡くなった母が、餓鬼道に堕ち苦しんでいるのが見える、お釈迦様、私はどうすれば母を救ってあげることが出来るのでしょうか?」と仏陀にたずねます。

目連を慈しみ、育てた母は、その我が子への愛が妄執(まちがった執着)となって慳貪(貪欲なこと)の罪を犯したとされますが、私には、なぜ、慈愛の心が慳貪の罪なのか疑問だったのですが、次のような解説がありました。

目連の母は、出家した我が子が、他の修行僧たちとともに托鉢のために村に来た時、他の僧の鉢には何も施さず、我が子目連の鉢には、たくさんの食物を盛ったことがありました。
それは、母の愛としては自然なことであったかもしれませんが、出家者に対する布施の行いとしては誤りでした。
何故なら托鉢の乞食行(こつじきぎょう)は、修行者にとっての徳行となるばかりでなく、実は分け隔てなく執着を離れて施与するという布施の徳を積ませてもらう意味があるからです。
つまり、布施する側にも「徳を積む修行」となるものですから、目連の母は、母の愛を布施の徳を積むことで一層深めていくべきところを「我が子だけ」という慳貪に陥ってしまったのです。
この行いの報いによって、母は今や飢えと、乾きに苛まれる餓鬼道に堕ちているのでした。

こう聞くと、世の母親のほとんどは、餓鬼道に堕ちていることになります。私の母親も同じくそうかもしれません。

目連は、嘆き悲しみ、神通力で餓鬼道に堕ちた母に食物を送るのですが、母の目の前に届くと、灼熱の炎や刃物に変わり、かえって母を傷つけることになってしまったのです。

仏陀は憐れむ目連に、「夏安居の最後の日にすべての比丘に食べ物やきれいな水を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」。と、アドバイスをするのです。
これは、孟蘭盆経にあるそうです。つまりこれが、お盆のはじまりだとされています。死者に対する廻向の思想はパーリ語経典『餓鬼事経』にもあるそうです。

私は、仏教は、生きる人のための教えだから、施餓鬼も追善供養もお盆も直接、「仏の教え」とは関係がないのではと思っていたのですが、この施餓鬼供養や追善供養という行為は、仏陀の教えでもあるのだそうです・・・。
いや、仏陀がそう言ったことにしたのかもしれませんが。

この教え、勘繰ると、僧の集団も次第に膨れ上がる仏教教団の台所事情を考えざるを得なくなった。比丘(僧・修行者)への施しを衆生(一般信者)に、どう納得して布施させることができるか・・・。と考えた挙句、この目連の母の話(お経)を創作したのでしょうか・・・。
「孟蘭盆経」は、梵語の原典はなく、中国生まれの偽経(ぎきょう)ともいわれていますので、この辺が、たぶん妥当な成り立ちだと思われます。

仏教教団のような大きな集団を運営・管理するということは、会費制では、真の仏の教えにそぐわないし、衆生信者の布施なしには、他に収入が考えられないから、故人や祖先への供養をしなければ故人が浮かばれないとすることで、少なからず強迫観念を植え付けたのではと思われます。
真の仏教を伝え説く為には、仕方ないと言えば仕方がないお話です。

ですから、現在では、真の仏の教えより、こういった在家と同じように、妻も子も財産もあり、ともすれば在家、衆生よりも裕福な職業僧や仏教者の懐を肥やしたり、寺の維持費そのものを捻出する手段としての追善供養や施餓鬼会が存在していることになっています。
また、今の老人の大半を占める団塊の世代や若い人たちには、葬式仏教が、ほんとうの仏教なのかな?と、疑問を持ち始めています。

やはり、盂蘭盆の行事や十三仏信仰のような追善供養の起こりの背景は、中国の道教や民俗信仰と祖先祭祀を背景に仏教的な追福の思想が加わって成立した儀礼・習俗である。ともいわれていますし・・・。よくわかりませんね。

私は、今、来年の展覧会に出品する為、涅槃図を描いています。
涅槃とは、痛みや不安、そしてすべての煩惱が、ローソクの火を吹き消すように、スーっと消え、魂が楽になることを言います。仏教徒の目指すべき最高の境智、状態です。仏教でいう死とは、おどろおどろしいものではなく、解放を意味します。
仏教徒の死は、涅槃を意味します。また、浄土宗や真言宗に阿弥陀来迎図も描いています。 阿弥陀と共に観音・勢至菩薩が来迎し、観音菩薩が故人が乗る蓮台を持参してくれます。蓮台に乗ってそのまま西方浄土へ旅立つことになっているのです。その条件は「南無阿弥陀仏」と、弥陀を信じることです。弥陀に全てを任せるのです。霊鷲山で仏陀が「無量寿経」を説いています。「観無量寿経」(当麻曼荼羅)にも同じことが描かれています。私は、こちらをもともとの真の仏の教えと理解しています。

今や、葬儀や追善供養等、それを執り行う在家は、一種の義務感や、もっと極端な言い方をすれば脅迫観念でそれ等供養をしています。仏陀の居た頃のような、本当の意味での出家した比丘や修行者は、今の日本には、ほぼ居ないのに・・・。

などと、母の死に際し、こんなことを、うだうだ考えています。


うだうだ | 16:44:02 | Trackback(0) | Comments(0)