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西山浄土宗 総本山 光明寺 暁天講座
光明寺暁天講座

さきほど、長岡京市にある、西山浄土宗総本山 光明寺 の暁天講座の講師を努めて工房に来た。

以前より、仏教クラブでご一緒の日下教学部長より講師を依頼されていたもので、昨日一日かかって、レジュメをまとめ、今朝お越し頂いた参拝客に御渡し頂いた。

4時ごろ目が覚めた。辺りはまだ暗い。早朝の朝ごはんを終えた頃にはすっかり明るくなった。
自宅を車で出ると10分もかからない。早朝の山門には、次から次へとお参りの人たちが入っていく後姿が見える。
さぞかし多くの方々が私の拙い話を聞く為に朝の貴重な時間を裂いていただくのだと思うと、申し訳ないやら緊張するやら・・・。その光景を横目に山門の南側の小道を進み、5時半ごろご連絡いただいた本山の受付に入り、控え室に通された。

昨年暮れにNHKで放送された「こころの時代(仏を描く 祈りを描く)」の時の背景と同じように、山越阿弥陀図を持参し、私の立つ演題の横に吊るしていただいた。

5時半からのお勤めの後、今期で退官される、この方も仏教クラブの会員で、この寺に私がお描きした「観経変相図(当麻曼陀羅)」の開眼法要の導師もお勤め頂いたご法主・岩田文有猊下のご挨拶があった。
「私の仏画人生」と題して6時から約1時間、清々しい空気で満たされた御影堂(本堂)、法然上人自らが母上からのお手紙を水に浸し、お作りになったといわれる「張子の御影」の御前で、「仏画」の歴史等も少し混ぜながら「私の仏画人生」をお話させて頂いた。
約300人のほぼご年配の方々を前に、最初は正直、緊張したが、なんとか無事に勤められた気がする。

若い頃の私なら人前でお話をしなければならないとなると3日前から緊張し、夜も眠れないといった、いたって気弱な性分だったことを思い出す。
ところがどうだろう60歳を過ぎると、すぐに開き直れる自分が居るのだ。
最近、やっと聴衆の顔色を見ながら話の内容やら口調を調整することが出来るようになった気がする。

しかし、所詮、絵描きの戯言、絵を描くことは自信はあるが、やはりその話の内容を振り返る時、ああ言っておけば良かったとか、あれも、これも言っておけば良かった・・・と、しきり。
反省している。

7時にお話を終えてこの日の為にお吊るしいただいた観経変相図のある阿弥陀堂を通り過ぎ、控え室に戻った。
朝早くからご若いお坊様達に準備いただいたお手間入りの朝粥300人分の一杯を控え室にて日下教学部長とご一緒に頂戴し、いろいろ良いお話をお聞かせ頂いた。早朝のひと仕事を終えた後の本格的なお粥はまことに旨かった。

8時前には自宅に戻り着替え。その足で松室の工房に向った。
早起きは三文の得 というが、それを実感した朝だった。
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うだうだ | 09:49:01 | Trackback(0) | Comments(0)
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