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従軍慰安婦
今、京都に来ている韓国の李大統領と野田首相の会談で、従軍慰安婦問題が再燃している。
日本の各紙も微妙に表現が違う。

「またかぁ!?」といった感想は拭えないが、私が父から聞いたことを、次の世代にもきちんと伝えておかないと、このままでは日本の次世代が鬼畜の子孫とされてしまう。
これはいけない、まずい、と思い、この私でさえこの先どうなるか分からないし、その頃に生きた父の素直な感想を聞いた私が、まとめておく必要性があると思った。

大正7年生まれの、今は亡き父が元気だった頃、「従軍慰安婦」という朝鮮半島から強制的につれて来られた女性たちが存在したのか聞いた事がある。

父は、満州からシベリア抑留を経て昭和24年に引揚げて来た旧日本陸軍軍人で、20代の若い頃から満州に渡り、父や母共々私の故郷の五個荘出身の中江勝次郎が起こした『三中井百貨店』新京支店で、呉服を販売していたようだ。余談だが、この今はない幻の百貨店は、1933年当時『三越』を超える売り上げがあったと聞く。ここで紹介される『幻の三中井百貨店』が、興味深い。この頃の朝鮮半島に興味のある方にはお薦めだ。

そんな中、大戦勃発。一兵卒としてお国の為に2度も召集され大戦に関わった経歴の持ち主なのだ。いわば、当時の生き証人というわけだ。

父は、戦争中のことを聞く私に、価値観が180度変わった経験からか、若い頃の自分を自信をもって多くを語ることはなかったが、それでも、幼い私にも断片的にその当時のことを伝えた。

話を戻すが、旧日本軍が、戦地の女性を慰安婦にするため強制連行したという主張がなされ社会問題となった1980年代当初、ほんとうにそんなことがあったのか聞いたことがある。

それは、私の知る周囲の大人たち(私の叔父たちや、父と同世代の元日本兵だった男)を知る限り、その全員が、戦争中とはいえ、嫌がる女性を性の道具にする男たちとは、どう考えても思えないし見えないからだった。

なぜなら、彼等は、今の我々とは違い、仏教という宗教観に立脚した高等な道徳教育を受けながらも、軍人としての武士道を修めるなど、いわゆる、※弱きを助け※強きを挫くといった価値観や美意識を持った本当の意味の大人の男性たちだったからだ。
(※弱き人とは、欧米に植民地化されていた、もしくはされようとしていた当時の朝鮮半島の人々や中国の人々をはじめとするアジアの人々のこと。強き人とは欧米のこと)

父の応えはこうだった。

「たしかに、慰安婦は居たけど、ぜんぶ給金を貰っていて、職業としてやっていた。高給取りやったと思うよ・・・。それに、慰安婦と仲良くなって結婚した兵隊も居たから、そんな強制的につれて来られた悲惨な女性が居たことは知らない・・・、そんな女性も居たのかなぁ・・・。それに・・・戦後の賠償は終わってるのとちがうのかないなぁ・・・。」

つまり、私の知るどの元日本兵に聞いてみても、「強制的につれて来られた」と言う証言者がいる限り、「自分の周囲には、そんな女性は居なかったが、戦争中なのでそんなことがあったのかなぁ・・・。」ということが本当の包みも隠しもしない心からの感想なのだろう。
知らないことに関して「絶対になかった」とは、決して言い切れないのが、普通の道徳観を持った大人の応えなのだ。

言った者勝ちとなってはいけない。

この私の父の応えは今の日本の誠意と立場をよく表しているような気がする。

セクハラ裁判でもなかろうに、問題は日本軍としてこのことがあったのかどうなのかなのだから、すでに、事実も補償完了時期もはっきりしている。

野田首相には、李大統領にきぜんとした態度で説明説得していただき、無事お帰り頂きたいと願うのは私だけではないはずだ。

従軍慰安婦の真実
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従軍慰安婦 | 11:05:55 | Trackback(0) | Comments(0)
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