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今日は涅槃の日
涅槃堂

今日は、お釈迦様が涅槃に入られた日。

中国や日本の各宗派の寺院では、いわゆる涅槃会(ねはんえ)が催される。(旧暦で3月15日の寺もある)

涅槃・・・・仏教徒の目指す究極の境智である。 蝋燭の火を吹き消すように、煩惱が消え去ることを意味する。

釈尊80歳、休む暇もなく衆生に説法教化して45年、この生涯が終わりに近づいたことを知り、生まれ故郷に向かって、最後の旅を始めた。

釈尊がもっとも人間らしい振る舞いをしたとして有名な逸話ですが、釈尊がヴァイシャリーという町に入り、マンゴー園の木の下で涼をとります。

ヴァイシャリーは、華麗なダンサーでもあり、遊女でもあったアムラパリが暮らした地としても有名です。
アムラパリは、彼女の所有したマンゴ-園を進上し、心のこもった接待をします。

仏陀の一行は、旅を続けるため、ここを立ち去るのですが、彼女の住むヴァイシャリーの郊外にある丘にさしかかった時、仏陀はまるで大きな像がそうするように大きく振り返り、ヴァイシャリーの町を眺めながら、「人生とはなんと甘美なものよ・・・ヴァイシャリーの町は美しい・・・。」と、執着から開放されたはずの仏陀が、名残を惜しんだとされています。

美しい彼女は、後にブッダの教えに感銘して尼僧になりましたが、人としての仏陀を感じるなんだか温かい感じのする逸話でもあります。

こうして、涅槃の旅も終わりに近づいた時、バーバー村のチュンダに食事の供養を受けます。
それが茸料理とも豚肉料理とも言われていますが、それを食した釈尊は、激しい下痢に襲われ、体力を消耗しました。

それでも、釈尊は、チュンダに布施の行為を決して後悔しないように言い残し、2月15日、クシナガラの沙羅双樹の下で右脇を下に、静かに入滅されました。

その時、サラ双樹は、片方の樹には、涅槃を祝うかのように時ならぬ花が咲き、また片方には悲しみで枯れてしまうという、仏画でお馴染みの不思議な現象が起きたとされています。


3日前の12日、インドから帰ってきた。その涅槃の地、クシナガラにも行ってきた。

2月5日から12日までの短い期間だったが、久々にインドの仏跡を巡った。
仏教クラブのメンバーと行ってきた。

企画を立てた旅行社の未熟さも重なり、結構ハードな旅となった。

涅槃の地、クシナガルからパトナまでの道がサトウキビの収穫搬送の車の多さやデモ隊に遭遇し、渋滞に継ぐ渋滞で、遠回りを余儀なくされ、ラージギル(マガダ国・霊鷲山)に着いたのは午前4時7分だった。

撮り溜めたビデオの量はしめて『60Gb』。

さて、これを30分~40分程度に編集しなければならないわけだが、帰国後2日経ったが、旅の疲れが出てやる気がしない・・・。また、編集して、皆さんに観てもらおうと思っているが、いつできることやら・・・。

以前なら、寝ずにやったのだが、63歳という年には勝てない。

仏陀の歩いたビハール州は、相変わらず、2500年前の光景がそのまま残っていた。まるで、今にも仏陀のご一行が現れるような、そんな錯覚に襲われることもあった。

また、行きたい。
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うんちくひけらかし | 16:30:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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