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ルンビニ(世界遺産)参拝 2014年2月7日


ここに一番最初に行ったのが、1997年なのでもう、17年も前になる。当時の工房の近くにネパール料理屋があって、そのネパール人の店主の『カトマンズに住んだことある内縁の妻?』の企画したネパール旅行に、工房の弟子たちと参加した。
仏画を描き出し、仕事が順調に進んでいたその頃、1993年のスリランカ、1995年のインドネシア旅行に続き、2年ごとに仏跡に行っていた。
当時の弟子たちは、私と年齢が近く、乗せられては、仕事も、旅にも積極的に計画を立て実行していた。

カトマンズ観光の後、チトワン国立公園に行くグループと、我々ルンビニ行きのグループに別れ、バイワラからルンビニに入った。
当時のルンビニは、まだ発掘途中で、公園整備が始まったばかり。
丹下健三氏設計による図書館が際立って違和感があったことを覚えている。
1978年に、日本の建築家丹下健三氏がマスタープランを作成。
現在もこの計画に基づき整備が進められているそうだ。

今回のルンビニ訪問は、1997年と2004年に続き3度目となるが、2004年に訪問した時にはすでにそうだったのだが、遺跡の上にお椀を被せるように、白いペンキで塗られたマーヤー・デーヴィー寺院(別名:目玉寺)が建ち、違和感を感じさせた。
周辺も当時の原野の面影は微塵も無くなっていた。来るたびに変貌していて違和感しきり。

当時と変わらない場所は、摩耶夫人が産湯を使った池と大きな菩提樹、それとアショカピラーぐらいのもので、あの頃の素朴な原野の中の遺跡風景が懐かしい。

そうそう、あの時泊まった法華ホテルから歩いて原野の道なき道を歩いてルンビニ園に向かっている時、疲れた様子の鶴が三羽、低空を飛来して来た。聞くと、8000mのヒマラヤ山脈を越えて飛んで来るのだという。アネハ鶴 という種類らしい。あの時は、丹頂鶴のように見えたのだが、頭の上は黒いようだ。
命をすり減らしてヒマラヤを超えて来るこの疲れきった鶴の勇姿に感動したものだ。

で、今回のルンビニ訪問は、土産物店や売り子の居る、サイクルリキシャの乗り場から、入口までそれで行き、そこからまた徒歩で、入場門まで行く事になる。
サイクルリキシャの通る道の横には、タージマハルの中庭のような長い直線の人造池がお堀のように造られ、1Km以上はあったように思う。リキシャを降りると、そこには不滅の法灯が点る。
その先には、巨大な誕生仏が我々を迎えてくれていた。ビックリだ。
変われば変わるものだ・・・。

私は、もう行かないと思う・・・。 

最初に行った、原野の中のルンビニ遺跡。あの頃のルンビニに行きたくても、もう今はない。
でも、初めて行った人たちは、釈尊の生まれた場所ということで、感動されていたようだ。
整備された世界遺産も、いかにもそれらしくて良いのかもしれない。

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| 14:24:54 | Trackback(0) | Comments(0)
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