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サールナートSarnath


初転法輪の地サールナートは、バラナシの北方約10kmに位置する。
ブッダガヤで釈尊が悟りを開いた後、苦行当初のお仲間の五人の比丘に対して、初めて法を説いた地である。
ここから仏の教えが世界中に広がっていった。初転法輪の地。仏教の四大聖地(ルンビニ、ブッダガヤ、サールナート、クシナガラ)のひとつ。鹿が多くいたことから鹿野苑(ろくやおん)とも呼ぶ。

説法を決意した釈尊は、古来からの聖地であったガンジス河が南から北へ流れる場所、バラナシに向かう。
ブッダガヤからバラナシまでは直線距離にして約200Kmほど。街道を歩けば300Km近くあろうか。釈尊は、この長い道のりを八日かかって歩いて向かわれたというのだが・・・。そうとうな速足で歩かれたのだろう。一日8時間歩いたとして、一時間で4.7Kmは歩かないと到着しない。しかも、休憩無しでだ・・・。12月だと思うので、気候はベスト。苦行を経験された釈尊なので、この旅など何でもなかたのかもしれないが・・・。

なぜ、そんな遠くのバラナシへ向かったのかというと、そのバラナシ郊外にあるサールナートというところに、苦行時代の五人のお仲間が居たからだそうで、苦行を共にし、また、釈尊が苦行では何も得られないと山を降りようと決めた時、その判断をとがめたた五人のかつてのお仲間に法を説こうと思われたのだそうだ。
悟りを開いた覚者の想いにしては、けっこう、普通の人ぽい発想と感じるのは私だけだろうか・・・。

現在のサールナートはインド政府によって整理され遺跡公園になっている。またこの周辺からは「サールナート仏」と呼ばれる仏像が多数出土し、最高傑作とも評される「初転法輪像」やインド国家の国章であるアショカピラーに乗る四頭のライオン像がサールナート考古博物館に収蔵されている。

サールナート参拝は、まずは、その手前1㎞くらいにある迎仏塔・チャウウカンディーストゥーパChaukhandi Stupaから始まる。
ブッダガヤの菩提樹下で悟りを開いた釈尊がサールナートに着いたとき、かつての仲間だった五人の修行僧が釈尊を歓迎したところというわけだ。このストゥーパーの特徴である頂上の八角形の建物は後世(といっても最近)に作られた見晴らし台ということでまったく遺跡とは別物だそうで実にややこしい・・・。日本人なら考えられないことが行われているのだ。
ナーランダ大学跡のところで書き忘れたが、あの中心的な建造物の舎利弗のストゥーパー付近の大小のストゥーパーも発掘中にいろいろ移動させて作っているそうだから、当時の形や場所とは少し違うと思って正解なのだそうだ。

「常識」という言葉の意味を、やたらむなしく感じさせてくれるのがインドなのだ。

遺跡公園となったサールナートは、ナーランダ大学跡のように広大で静かで緑豊かなところ。やはり世界中からお参りに来る仏教徒で賑わっているが、広大な遺跡公園なので混雑と言うほどではない。

やはり、あちこちから読経が聞こえてくる。

この遺跡公園内では、売り子のお兄さんが、ひそひそ声で近寄って来る。
この遺跡から出たという小さな仏像を隠し持っている。いや、そのように振舞う。なかなかのものだ。おもむろに、そっと見せ1万円だという。あきらかに偽物だ。
こういったお兄さんと楽しい会話を楽しみながら広大な遺跡を巡る。
参拝も二度目となると、慣れるもので、わずらわしいというよりこの状況を楽しめるようになるのだ。

どうしても、公園内にある中心的な存在の巨大な建造物(ダーメーク塔 Dhamekh Stupa)が目立つのだが、由来は諸説有るが何なのか分からないらしい。周囲28m、高さ43mとでかい。
以後の仏教寺院の荘厳の元となった素晴らしい彫刻(レリーフ)が数多く施され、仏教美術を生業にする私としては、実に興味深い。
かつては、窓らしき穴に仏像があったらしい。

最初の説法はここで・・・という場所は、実は、ダメーク塔ではなくて、ダルマラージカストゥーパ跡 Dharmarajika Stupaなのだが、18世紀にバナラシ藩王によって壊され、レンガを何かの建築に使ってしまったそうである・・・・。

「えぇー!」 である。

このサールナートに隣接して、釈尊が雨季に滞在して説法をした所に建つ、スリランカの寺、ムルガンダ・クティ精舎があるのだが、別名を根本香積寺とも呼ばれ、1931年に建造された。日本仏教会より寄贈された、梵鐘もある。
中には金色の御本尊(サールナート出土の転法輪印仏のレプリカ)と、日本画家、野生司香雪(のうすこうせつ1885-1973 )の筆によるブッダの生涯を描いた壁画がある。まだ剥落もせずしっかりと基底物(壁の素材)に接着している。
 ここには、スリランカ僧が常時居て、お参りした我々の手首に黄色く染められた絹の糸を結んでくれる。10年前に来た時にも結んで貰ったがその時は2ヶ月くらいで外れた。 
自然に取れるまでそのままにしておくと良いらしいが、何が良いのかわからない・・・。
たぶん、「お釈迦様とご縁を結んだ証だよ」といったことなのかもしれない。
実はこの記事を書いている今も、左手首にはその糸がしっかりと付いたままになっている。無意識にこの黄色い絹糸を保護している自分が居るのだ。帰国してすでに2ヶ月半が過ぎた。今回は3ヶ月は長持ちしそうだ。

この後、サールナート博物館で、転法輪印のブッダや、インド国家の国章となったアショカピラーの4頭のライオン像を見学した。カメラ持ち込み厳禁なので、画像はない。

お決まりの「さち子の店」という名の土産物店で工芸品や絹の染織裂を買い求め、新しく?できたワーラーナシー空港 (Varanasi Babatpur Airport) よりバンコク経由で関空まで帰って来た。

仏跡を辿る旅のビデオ記録と覚え書きブログも、これで一応完成!


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| 11:15:39 | Trackback(0) | Comments(0)
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