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西南インド・デカン高原の旅
紀元前2世紀、仏陀没後300年頃、それまでの修行僧だけの仏法(小乗仏教)から自分以外の人の幸せを祈る大乗の思想こそが仏法だという新しい仏教概念を確立したのが、日本のみならず、チベット・中国・朝鮮半島に広まった大乗の思想です。その大乗仏教の祖、龍猛とも龍樹とも呼びますが、アチャリア・ナガールジュナという、えら~い哲学者でお坊さん(といっても菩薩と呼びます)の生まれて活躍したナガールジュナコンダという遺跡を訪問し、その菩薩の遺徳を偲ぶことと、猛暑のインドではさすがのお釈迦さんも、説法の旅をストップし、夏安居といいますが、酷暑を避け、一箇所に留まり説法をしたとされています。「夏安居の時期のインドの酷暑とはどんなもの?」を経験しようというのが、私の今回の企てでした。じつはこの時期、旅費が最も安いのです。
時期はずれのせいか、誰も行かないところなのか、デリー以外では、日本人どころか黄色人種の旅人には一人も出会いませんでした。

もちろん私は仏画という仏教美術を生業としていますから、その原点であるその地域、つまり、尊い仏陀の姿がまだ具体的な形で表現されていない頃から、仏陀の姿が表現され現在の仏教美術が花開く6世紀に至るまでの進化を伺わせる遺跡もその地域周辺にあります。超有名なサンチー・アジャンタ・エローラなどが代表です。
インド全土が仏教で栄えていた頃の大きな遺跡が、あちこちにごろごろしているのです。当然ながらまだ未発掘の遺跡もあちこちににあり、現在もナグプール近くに世界最大級の遺跡が発掘されつつあります。イスラムの侵略から守るためにすべての仏教施設を土で埋めた為、それらしい小山や大山があちこちにあるのです。
土に埋めた為、当時そのままの姿、遺跡が出現するのです。

難しいお話はこれくらいにして、インドは凄いゾォ!! 暑いゾォ~
北インドの仏跡のある地域はビハーラ州といってインドでも一番貧乏で文明から遅れているところ。その為今でも、2500年前の生活が息づいていて、当時の生活を感じさせてくれます。
ところが今回最終的に行った南インドのチェンナイ(マドラス)や西インドのムンバイ(ボンベイ)は大都会。とてつもない大金持ちと人口の30%に及ぶスラムの人々とが混在し、不思議な活気と強烈な熱気に溢れていました。
ムンバイは、東京より地価も高く、世界中の有名な会社のビルが乱立しています。もちろん、日本の企業もいっぱいありました。海の向こうはアラビア海、イスラム圏です。イギリスの統治下にあったインドでも、このムンバイは交易港があった為、その名残があちこちにあり、ヨーロッパとイスラムとインドが混在し、文化も宗教もゴチャゴチャ。世界一の映画の生産量はここムンバイがトップ。インドのハリウッドと呼ばれ、街にはいたるところに、馬鹿でかい映画の看板がありました。

で、今回の旅で何か不思議なことがあったの?って?
そうなんです、やっぱりあったのです。

つづく

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| 08:57:53 | Trackback(0) | Comments(0)
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