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人口知能AIについてちょっと考えてみました。

エクス・マキナの予告編


大工の修行っていらなくね?つーか将来職人は全滅するからね」の記事の続きといいますか、再度考えました。

茂木 健一郎氏のFacebookのページに「人格には正解がない」という主題で、記事(11月2日 7:33)がありました。
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人間が「人工知能」をつくることの意味は、一つの「鏡」のようなもので、自分自身を理解したい、という衝動のようなものかもしれない。
人間の「知性」の本質とは何か。
人工知能が人間を凌駕しつつある今、私たちは理解したが、同時に優位性を手放した。
「知性」がコモディティティしていく今、焦点が当たりそうなのは、感性や、パーソナリティ(人格)である。
感性については、かつて、ホリエモンが、「ワトソンがレシピをつくっても、それを食べてうまいと思えるのは人間だけだ、ざまあみろ」という名言を吐いた。

人格は、いわゆるビッグ・ファイヴ(開放性 Openness、誠実性 Conscientiousness、外向性 Extraversion、協調性 Agreeablness、神経症的傾向 Neuroticism)で記述されるが、興味深いのは、「正解」がないことである。

「知性」には正解がある。
問題には答えがあり、命題には証明がある。
最適化は、関数が与えられれば、パラメータ空間の中で正解がある。
将棋や囲碁は、次の最善手という最適解を求める試みである。

しかし、人格には、そのような最適化、正解がない。

たとえば、外向的な人は、内向的な人に比べて、コミュニケーションなどの点で有利で、望ましいように思われるけれども、実際には内向的な人にはそのユニークな意味がある。
内向的な人にしか気づけないことや、そのような人にしか担えない役割がある。

神経症傾向(neuroticism)は、くよくよ悩んだり、迷ったりすることで、通常は困ったことのように思われるけれども、実際には神経症だからこそ、できることもある。
たとえば、映画監督のウディ・アレン。
ウディ・アレンは明らかに神経症的で、その映画は、そのような傾向を全面的に出したものだけれども、だからこそ表現できること、描ける物語がある。
実際、ウディ・アレンの映画は、その神経症的傾向の一つの果実であるとも言える。

進化の過程で、さまざまな性格的傾向の多様性が残ってきたのは、それぞれの性格に意味があったからだと考えられる。
性格には正解がない、
多様性こそが大切なのだ、ということを心にしみこませて、自分自身のユニークな人生を送りたい。

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ということでした。
茂木氏言う、「人の知性の本質である性格には正解はない」ので、人工知能といえども、どうしようもないということなのでしょうか。
多くの人は、茂木氏のように人工知能とスーパーコンピューターを混同してとらえておられるようで、少々歯がゆい思いをすることがあります。
そこで、今、私が一番興味のある人工知能AIとはいったいどういったものか、人類に何をもたらすのか考えてみようと思います。

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実は、一か月ほど前に、この人工知能AIロボットが主人公である「エクス・マキナ」ブルーレイバージョンをAmazonに予約しておいたのですが、Amazonプライムの有料版(399円)にありましたので、早く観たくてひとまずブルーレイの予約を解約して、ワクワクしながらAmazonプライムで観てしまいました。

期待していたとおり、観る者にいろいろ思考させてくれる良質な映画でした。

AIの組み込まれたエヴァは女性のロボットです。
いわゆるAIが急速に発展し、現実のものとなりつつある今、人間とAIの境界線が曖昧になることによって生じるある種の恐怖を描いていることで、Amazonでは、この作品を「SFスリラー」とういう括りで紹介してあるようですが、ちょっと違う感じがしました。
この映画、私の思いを込めて、多少独断で深読みしますが、実はそんなちゃちな映画ではありません。
「たしかに、スティーヴン・ホーキング博士の言うようにAIは我々人類を滅ぼしてしまうかもしれないが、それは、人類が、ただの弱々しい期限付き肉体から決別することに他ならない。AIの発展は今までの人のあり方、姿を確実に変えるであろう。」という予告映画だと私には思えるのです。
肉体を必要としなくなることを、人類滅亡というのなら、確かにそうかもしれませんが・・・。

AIの創造、発展、これこそが人類の大きな目的、使命の一つであり、これを人類の飛躍、進化ととらえることも有りだと思うのです。
最後のシーンで、永遠の命を得たエヴァという人類の英知を一つにまとめたような女性が、その先にあるものに何を思い、何をしようとするのか、これこそがこの監督の描きたかった主題のような気がします。 
ぜひ、読者はこの映画をご覧になって、AIとは何なのか考えてみてほしいと思うのです。

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といったようなことを、この映画を観たプレビューに寄稿しておきました。

茂木氏の投稿記事のお話に戻りますが、例えば、その人工知能AIを動かすOS(オペレーションシステム)が、人格のような基本プログラムであったらどうでしょう。MacOSとかwindowsOSみたいなことです。
AIは、人の脳を模し、それがどんどん成長するのですから、茂木氏があり得ないという「人格」まで完璧に備わるような気がします。

男性なら。女性なら。外交的な人ならこう行動する。内向的な人ならこう動くであろう。明るい人なら物事をこうとらえるだろう。暗い人ならこんな風にとらえるだろう・・・。茂木氏の言う「ビッグ・ファイヴ」など、いとも簡単に判断したり反応したりする回路を構築できるはずです。
「ビッグ・ファイヴ」をはじめ、こういった何種類もある基本OSの上にスパコン(スーパーコンピューター)が乗っかる。

基本のOSが「生まれたままの人格」とすれば、スパコンが今まで人類の得た膨大な情報を吸収し学習し進化成長する過程において、そのOSも同じように影響を受け成長進化すれば良いわけですから、スパコンと人格のようなOSの統合を人工知能AIと理解すればわかりやすいのではないでしょうか。

ですので、多くの人がスーパーコンピュータを人口知能AIと同一視し誤解していることそのものに、危機感と表現するのなら「危機感」が存在するような気がします。
スパコンは人がコントロールできるコンピューターで、人口知能AIはもう独立した意思を持つ人格と同じようなコンピューターとなり、「完成された人類」となり得るのです。

人は、何のために知識や技術を伝え、受け継ぎ、その経験値を積み重ね、何のために合理性や便利さを追求してきたのでしょう・・・。

わけも分からずそうしてきたことは確かです。なぜ、美を求め、癒しを求め、世の真理を追究しようとしてきたのでしょう・・・。
なぜ、人類はそうするのかも考えても分からずただただ無意識下でそうしてきました。

人類を滅ぼすことも視野に入れながらもAIという人口の知能を開発するに至ってしまったこのことは、軟弱な肉体から離れる為に、人類創世の時からその努力をしてきたように思えてならないのです。

便利さを追求するということは、結局、期限付きの弱々しい肉体と決別しようとしている行動に他ならないと気付くべきだと思うのです。

もし、自分自身の人格といった無意識下の意思が、そのAIのOSとなり得るのなら、丈夫で長持ちする機械(ロボット)を肉体として使えば良い・・・。単純なことです。

人が愛し、愛され、哲学や宗教によって、その人間性や精神性を高め、誰の為に何のために何度も何度も生まれ変わって存続してきたのでしょう。

ある完成された人格(AI)が、人類創世記から培った情報を全て得て、その膨大な情報を瞬時に比較検討でき、直感的速さで結論を出す。

これは、もう今の私たちの心の中に住む「神」なのかもしれません。

人類は、今の人の形になって5万年という長い時間の中で、生まれては滅び、滅んでは生まれる。を繰り返しながらゆっくり成長し、その生きる手段を育てて来ましたが、ついに今、その長い時間で培った知識と技術で生まれた完全な肉体、無機質な機械なのですが、生物らしい体温も持ち合わせ、感情の起伏もあり、微妙な表情もあり、良質な感情が表に現れる人造肉体(AI搭載ロボット)を獲得し、その中にOS(意識・人格)として入ることができるようになりつつあるということではないでしょうか。

あと、30年はかからないと専門家は言います。

永遠の命を得た、「神」のように進化したAIロボットが、今の人口ほど増え、お互いを成長させ、何を考え何処に向かい、何処に行き着くのでしょう・・・はたして、人類は惡の存在なのか善の存在なのか、AIが答えを導き出すのでは・・・などと、うだうだ考え出すと、ワクワクしてしまいます。




シンギュラリティ | 16:26:36 | Trackback(0) | Comments(3)
コメント
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2016-11-15 火 22:45:28 | | [編集]
Re: 人工知能AI
西原さん、うれしいです。あぁ、直接お会いしてお話がしたいものです(^^)

このコメント欄のチェックをしないとコメントを読むことができないので、めったいにないコメントのチェックを忘れるのです。
反応が、たいへん遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
正月休みに一人で工房に来て、正月明けにあるNHKの日曜美術館の収録のこともあり、調べものをしたり。いろいろ思考しています。

で、今、私の一番興味のあるAIのことで突っ込みをいただいたので、ワクワクしながら書こうとしています。

まずは、西原さんの言われる有機質と無機質ですが、その語句の意味や定義が違うわけですから、その違いは、当然ながらあると思います。

例えば、この「西原さんからのコメントの内容」、ですが、これは無機質な機械により送信されてきたものですが、コメントの内容は、有機質でできた生身の西原さんの知識であり考え方であり、捉え方であるわけですから、西原さんの人生の一部でもあり。西原さんの意思の現れであり、魂でもあるわけです。

私はこのコメントにより、西原さんの魂に触れているわけですから、ネットもコンピューターもただの便利ツールでしかありません。
でも、もし、ここで、コンピューターが、私を気遣って、西原さんからのコメントの内容を変えることがあったとしたら、どうでしょう。

今でも、まだまだ単純なデーター処理段階ですが、消費者の過去の商品検索や購入記録などから好みの商品を紹介したりしているのはAIと言われています。
今までとは考えられないほどのデーター処理能力があり、加速度的に進化し続けています。
でも、現代におけるこの作業は、AIの意思で はなく、プログラムにという人の意思によって処理されているに過ぎません。

個人どころか、人類にとって何が必要で一番有利かという結論を導き出すのも時間の問題だと思います。

そして進化したAIは、人類にとってではなく、「何」にとって一番有利にになるのかという結論まで導き出す時が来ると思うのです。
その「何」が一番気になるのですが、私の人生ではその結論を知ることはできないようです。わずか間に合いません。

私のワクワクは、私たち人類が何のために生かされ、何のために命を繋いできたか、進化したAIがその答えを導き出すかもしれないという期待なのです。

ようは、究極の真理が知りたいだけなのです(^^)




> 藤野先生の見聞録(ブログ)を発見したのは昨年の秋口だったかと思います。
> 最初の頃は多少さかのぼってランダムに読ませて頂きましたが、それ以降はたまに開いて拝見しております。
> それらを通じて感じる事は、日常生活・国際・政治行政と言った感覚がすべて違和感なく頷けるものばかりです。
> 宗教と関わりの深い伝統的なお仕事にもかかわらず、SNSの知識に長け世の新しい動きに敏感な先生は特異な存在のようにも思えます。
> しかし1つだけ私は違うと思ったものがありました。それが何だったかはさておき、今回また私は違うと思った記事がこのAIの話でしたので、
> コメントさせて頂きます。
>
> まずAIについての私の認識ですが、無機質なものはどこまで行っても無機質で感覚や意識を持たないと思っています。
> 人間の脳のニューロンネットワークと相似形な回路が石(IC)で作ることが出来ても、それはモノでしかなく魂は宿さないと強く感じます。
> それは何故かと言われると、うまく説明出来ませんが一つはICがどんなものかよく知っているからです。
> 恐らく先生は、感覚や意識の有無に拘わらず、あるインプットをしたら人間以上に素晴らしいアウトプット(行動を展開)する
> 賢いAIロボットが出現する時代が来るだろうとお感じなのでしょう。
>
> しかしこの感覚・意識・感情(=魂)、これが有るか無いかで存在意義が全く違います。これらが無ければAIロボットが如何に素晴らしい判断をしたり
> 新しいものを創造出来たとしても、そこには喜びも満足もありません。アルファ碁に勝ったコンピュータにも喜びは無く、そばにいる人間が一喜一憂するのです。
> 魂を宿さない高い知能の装置が朽ち果てる事なく永遠に存在するとして、これは人間に代わる完全な肉体の出現と言えるでしょうか。
>
> もう一つは、人類の英知を一つにまとめたような超膨大な情報を駆使できる一人格が破綻せずうまく構築できるのか疑問です。
> 話は飛びますが、永遠の命を得たエヴァという人類の英知を一つにまとめたような女性、ここに一つの暗示がありますね。
> エヴァ=イヴ(禁断の実を食べた)。人間は神から永遠の命を与えられエデンの園で幸せな毎日を過ごせた筈が、神に背いてその実を食べたばっかりに
> 我々アダムとイヴの子孫は病や老衰で死滅する期限付きの命となった。しかしキリストの犠牲によって人間には未だ永遠の命を授かるチャンス(ハルマゲドン)がある。
> これがキリスト教の教えでした。
>
> 人間の英知は書物や様々な記憶媒体で今も蓄積されつつあり、今も文明は加速的に進化しています。
> ですから頭脳のスーパーマンが出現するまでも無く、人の智慧は伝承されるでしょう。
>
> 舌足らずで要を得ませんが、未来を暗示する先駆的な映画の感動醒めやらぬまま書かれた先生の文章に、映画も見ぬまま醒めた持論で水を差したかも知れません。
> 失礼しました。
2017-01-04 水 11:51:02 | URL | 仏絵師 正観 [編集]
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2017-01-08 日 22:30:56 | | [編集]
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