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山越阿弥陀図
P1080515.jpg
城陽市の料亭「八百忠別館」で年に一度開かれる「藤の会」、もう15年続く


 2002年に故郷の(現東近江市)五個荘町教育委員会の主催で「藤野正観の仕事展」という私の個展を開催していただいたことがあります。
地元滋賀での自治体主催の個展は2度目でしたが、生まれ故郷で、しかも私の生まれた家のお隣の同級生の三歳年上のお姉さんが役所にお勤めで、当時その個展企画の担当責任者となり何十年ぶりに何度かお会いして、企画を実現していただいたという経緯があります。
会場は、全体照明の明るさを極力控え、作品への照明効果を重要視し、私の思い通りの展覧会会場にしていただきました。

この時、展示した作品の一つで、訳アリの一点、「山越阿弥陀図-(本紙部分2m×2m)」がありました。(上の写真)

実は、この図、あるご寺院のご依頼で描いた大きなサイズの仏画なのですが、表装時に、当時お世話になっていた表具師さんが阿弥陀様のお顔を汚してしまったのです。
長い時間をかけて仕上げ、完成度の高い仏画だったので、たいそうくやしい思いをしたのを思い出します。
この展覧会の開催される二ヶ月前くらいの出来事だったと記憶しています・・・。

お顔の汚れを何度修正しても、何もなかったようにはうまく修正できません。修正してもその修正部分にどうしても目が行くせいもあるのですが、やはり気になります。
表装済の絹本の本紙部分に水をたくさん使って大胆に修正することはその部分が伸びてしまい、よけいにひどいことになってしまいます。修正は不可能、無理なのです。
このまま納めるのはやはり気が引けます。
仕方がありません、描き直しを決心。もう一作仕上げ、納めることにしたのです。

展覧会会場は、天井も高く広いので、展示構成に変化を持たす為、何点か大作が必要です。

その頃、過去にご寺院のご依頼で描き、すでにお納めした大きなサイズの仏画を、展示用にお借りしに、遠く静岡や愛媛などに妻と一緒に行脚していたこともあり、この大きな「山越阿弥陀図」が手元に残ってしまった分けですから、これを展示する作品の一つに加えました。会場に展示すれば、スポットの当て具合で、修正跡も目立たないだろうという判断でした。

会期は、10日間、大勢の懐かしい故郷の人々にご来場いただき、ゆっくり観ていただくことができました。
何度も会場に足を運ばれた方も多数おいでになりました。
ただ、会場に展示してある作品はほとんどがお納めした寺院からの借り物で、私の手元にある大きなサイズの作品といえば、ある出版社を通じて描きましたが、その依頼主である出版社の急な内紛解散で、納め先が不明にになった両界曼荼羅と、あの修理の跡が気になる「山越阿弥陀図」だけでした。

会期中、私の従兄弟の古くからの友人で、京都府城陽市で『八百忠別館』という老舗の料亭を営む吉田氏が観に来てくれました。
彼とは展覧会の始まる1ヶ月ほど前にその従兄弟に紹介され、祇園で一度だけ会ってはいましたが、故郷滋賀の展覧会場まで来てくれたのです。
その夜、大阪大学時代に東洋美術を勉強していた経歴を持つ会社社長のその従兄弟の藤野滋氏から電話があり、「吉田君があの阿弥陀さんを欲しいと言ってきた。売る気はあるのか?」とのこと、「あぁ、あの仏画は売れない。実は・・・」と、先に書いた内容を説明したのです。
その日は、それで、納得頂けたものと思っていましたし、それともう一件といいますか、他にもあるご寺院のご住職が、会場に観に来られ、あの阿弥陀さんが欲しいので価格を教えて欲しいと、私の返事を待っておられました。
もちろん、そのご住職にも修理跡のことは言ってあるのですが、会場に観に来て頂いたお二人からその修理痕のある「山越阿弥陀図」へのラブコールを貰っていたのです。

あくる日、また従兄弟から電話がありました。「吉田氏が昨晩もあの阿弥陀様が夢枕に出て来られたので、何が何でも欲しいと言っている。修理の跡も問題はないと言っている。譲ってあげたらどうか?」とのことです。他にも、何か深いご事情がありそうなので展覧会後にこの吉田氏にお譲りすることになりました。

もう一人のラブコールをいただいたご住職には、この作品制作の経緯をお話をし、改めて新たにもう一作お描きすることにしました。
現在、福井敦賀の名刹、浄土宗 西福寺の大書院に掲げられ、一般に公開されているようです。

で、上の画像の説明ですが、展覧会でお買い上げいただいたその阿弥陀様、実は吉田氏の経営する『八百忠別館』にて、法事をされる席に掲げ、客に喜んで頂いているとのこと、しかも週に5日ぐらい頻繁にお出まししていただいてるということで、大活躍だそうです。
15年前、『八百忠別館』にお納めした時、お披露目ということで、お店のごひいきさんや地元のお知り合い、そして仲に入ってくれた私の従兄弟や描き手の私も招待されたのが始まりで、今では年に一度「藤の会」とその集いを名づけ、その「山越阿弥陀図」を前に酒好きが酒を持ち寄り愉快な宴会を催して頂いています。
昨日は、大雨が降る中、私はお酒が飲めないにもかかわらず、この15回目の「藤の会」に出席しました。
前に吊るされたあの「山越阿弥陀図」に再会して、当時を思い出しました――。



うだうだ | 13:43:44 | Trackback(0) | Comments(0)
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