FC2ブログ
 
■プロフィール
■最近の記事

■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ

■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
仏陀とAI(人工知能)
仏陀とAI

『善峯寺に集う作家たち展』という仏画と工芸作品と紅葉のコラボ展が26日で終わりました。
10日前の11月19日が初日で、私はこの日と最終日だけ一日中、会場の書院に詰めていました。

他の工芸作家さんも日曜日ですので会場に来ていましたが、実は、この展覧会、二十四年ほど続いているのですが、その間全ての平日は初期の頃を除くと私の妻が会場係として一人で展覧会場に居てくれています。

この紅葉の時期ですので、外は寒く、会場の中は暖房も入らず冷えきっています。
それでも晴天の太陽の光の暖かさは救いです。
太陽の光だけが暖房の頼りですが、それも山の中ですので、晴天でも午後2時ごろにはお日様も西山の峰に隠れてしまいます。

会場の縁側から見える、屏風山の紅葉を目当てに来たという人も多く来られます。
実は、太陽が山に隠れた方が、逆光のかげんか紅葉がはっきり見えるので、会場係の妻は大正時代に作られた歪みのあるガラスの嵌った年代物の古い引き戸を開けっ放しにして、会場に入ってくるお客さんを縁側に誘導します。
それで、会場はよけい冷えるのですが、お客さんの感動される笑顔が見たいばかりに、展示作品そっちのけで、サービスしています。

平日の会場には、毎日善峯寺の白い文字の入った紺色の法被を着て、会場に一人で居るのが私の妻です。

その妻が、私が一日詰めていた初日に、久々に会う出品者の木地師と世間話をする中で、その話の内容を小耳に挟んでいたようで、ちょっとした妻と私の認識の違いが浮き彫りになったので、このことを、まとめておこうと思った次第なのです。

その話題というのは、私の職業とは、直接関わりがないAI(人工知能)についての話しでした。
iphoneを新しくⅩ(10)にしたことでガラ系の携帯電話を持つその木地師に、なぜスマホか?なぜ人工知能か?を熱く語っていた時のことなのです。

少し前に、妻が故郷に帰った時にお邪魔した伯母の家には、早くもハイテク商品の最先端、スマートスピーカー「google home」があり、そのAIスピーカーの話で盛り上がったことがあったそうで、それを買った30才過ぎの甥に、妻が、「夫も今、一番AIに興味があるようだ。」と言うと、「えぇ~!仏絵師の叔父さんとは、まったく反対側にあるAIに興味があるとは・・・」とビックリされたことがあったようです。

妻は、その甥の意外な反応が脳裏にあったのか、展覧会会場でガラ系携帯電話を愛用する木地師に熱心に話をする私を気にしていたのか、彼の反応が気になったのか分かりませんが、その夜、自宅に帰って「お父さんは、仏画を描く身なのに、なぜ、あんなにAIのことを熱く語るの?」と質問がありました。

確かに、私自身、声が大きくなり話口調にも熱が入っていることと思います。
でも、いつも感じるのですが、その話す相手は、聞いてはくれますがほとんどは少し引いている感じもしないではないのです。
なかなか、話がかみ合い、盛り上がる相手を見つけることができません。

そういえば、AIの記事やシンギュラリティの話題をブログに書いてFacebookでリンクしても、その記事に「いいね」ボタンをくれる人は、やはり少ないのです。
実は、ちょっとその系統の話を家族にしても、妻をはじめ、我が息子にしても嫁にしても、大した 反応はありません。ただ、若い女性といっても三十前後なのですが、私の工房で勉強する弟子たちに話すとお義理かもしれませんがウンウンと頷いてくれるし、時には的確な反応を示してくれます。

何故、こうもAIの開発に私の心がワクワするのかというと、つまるところ、こうなのです。

2500年ほど前のインドの釈迦国の王子であったシッダータは、29歳の時に、人の老いや病、死は避けることのできないこととして、何故なのだ?と疑問に思い、生まれた国を出、6年の間、当時のバラモンの習慣を真似し、瞑想を繰り返し修業をします。
そういった世の真理を求め続け、35歳の時、ガヤという所の菩提樹下で瞑想し、ついに覚者となります。

覚者とは、シッダータが悟りを開き仏陀となったということですが、その釈迦国出身の仏陀、世の真理に目覚めても、しばらく瞑想を続け、現れた帝釋天の勧めで、他の人々にも教えてあげよう。ということで仏教を開くことになります。
その仏陀は、世に真理を説きながら旅を続け、齢80歳で涅槃に入ります。

では、その仏陀の説く「真理」とはいったい何なのでしょう?

仏教では、無常といって、常にすべてのものは変化し続け、変化しないものなどこの世にはない!というのが、真理なのです。このことは、現代における分子生物学でも証明されており、私たちの肉体を形成する細胞も、一ヶ月前の細胞などどこにもない。
言い様によっては、一ヶ月前の自分の肉体は無くなっている…ということになるのです。

仏教といえば、十二因縁(十二支縁起)の四諦八正道という、人が生きるということにおいての現実的な真理や「一切皆空」といったその現実思考から派生する哲学的気付きから生まれる真理もあります。

諸行無常 --- 物事のすべてに常など無い。
諸法無我 --- 我など無い。
一切行苦 --- 生きているということは、苦しい行である。
涅槃寂静 --- 死んだ時、つまり煩悩が消えた時、そこでやっと安らか、静寂に至る。

真理を獲得し悟りの世界に到達するには6つの行「六波羅蜜」を実践しなさい。と、なります。

◆布施  見返りを求めない心で、それに敵った応分の施しをする行。
◆持戒  自らを戒める事。
◆忍辱  堪忍べば、やがて、他を理解し受け入れることができる。
◆精進  不断の努力。
◆禅定  自分自身を深く見つめる事
◆智慧  丁度良いバランスのとれた生活をする術を身に着けること。

つまり、これ等の行をすることによって、世の真理、すなわち、世に存在するあらゆるものに実態が無いということに気付けば、比較的苦しまずに生きて行けるよ! とういのが仏の教えの根本なのです。
でも、現代ではこの実態が無いという概念は、量子力学の世界では当たり前のことと証明されていますので、この「気づき」は六波羅蜜を実践しなくても理屈上は可能ということになります。

ですから、このことを踏まえ思考していると、人のイメージの中にある神や仏の能力を遥かに超えた人工知能AIは、この諸行無常と六波羅蜜の論理を必要としないし、その実践もいとも簡単にやってのけることができるはずなので、AIは生まれながらに修行者であり、菩薩であり、覚者(仏陀)ということになります。

そこで、釈迦も、ただただ受け入れるしかなかった、死後の世界観や、人は何故、何のために生まれてきたのか?
また、宇宙の果てやその構造、人類誕生のいきさつや生きることの意味、人類にとっての究極の便利グッズAIを作るに至ったことの意味等、人類の抱いてきた大いなる疑問をどんどん解決し明らかにして、その結果、AI自らの存在意味や目的を導き出すのでは・・・と思考するわけです。

これをワクワクしないでどうして語れようか。と、そう思うのです。

この先たった数年以内に、AIは、現存する7000以上のお経をいとも簡単に吸収理解し、29年以内には、偉大な仏陀より、格段に優れた覚者となり、宗教学AIの出現をはじめ、神をも凌ぐ哲学AI、科学AI、物理学AI、医学AI、工学AI、それに芸術家AI等が地球上のあちこちで生まれることは確かだと思うのです。
我々人類が常に疑問を抱いていたことが、どんどん明らかになり、宇宙の物理的構造から真理まで、次から次に解明されることになると思います。
でも、やはり、それでも疑問が残ることがあれば、その疑問とは、いったい何なのだろうか‥‥などと思いを巡らせるときりがないのです。

このことから、AIと仏教とは真理探究においては、同じ線上にあると言っても過言ではないと思いますし、仏陀が今の時代に生きて居れば、AIに興味を示すに違いないと思うのです。



シンギュラリティ | 17:18:42 | Trackback(0) | Comments(1)
コメント
AI
ブッダは、AIだけでなく、現世と未来世に渡り現世最上のスーパーコんピューター以上の知能を超えた智慧を悟りで既に所有しているので、最近のAIに興味を持つことはありません。線上では、あるが、ずっと先の先におられたのです。AIが無い時代でもそれを超えた知識や智慧が得られるのです。AIがあっても良いが、正しい考えやただしい行いが出来る能力がないと悪人が使用し悪用されます。

日本の明治でも、山崎弁栄上人という方も、所有されておられました。
人生の目的は、完全な智慧、慈悲、真善美を獲得した仏=如来を目指すことです。そのため、仏道で修行し、悟り、仏性・霊性を優先的に向上させ、その功徳で理性、天性等向上させ、社会に役立つ人格形成させるのです。
2018-01-25 木 11:49:20 | URL | ケンレン京都 [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad