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藤野正観のちょっと書いてみます(2015年12月号原稿より)
2015-12月号用-1995年-平成大涅槃図-表具工房にて
1995年-平成大涅槃図-表具工房にて



私 と 善峯寺

 この原稿を書き始めたのは十月末日。この冊子が読者のお手元に届く、ほぼ一ヶ月ほど前に、たまたま私の脳裏にあったこと、浮かんだことを自由気ままに書かせて頂いています。
 十月二十九日は、私の心の師でもあり恩人でもある西国観音霊場二十番札所・善峯寺前住職、故掃部光暢師の六度目の命日でした。
 先ほどまで、三年前に師の思い出を綴った私のブログを読み返し、師とのご縁を振返っていました。

 三十年ほど前、図案家として活動していた私が、美しい観音図に出会い魅かれ、仏画を描いて生活できないものか、洛西の自宅から西山の中腹に伽藍の見える善峯寺にアポイントもとらずお邪魔し、ご住職に相談にのって頂きました。その日からこの寺との深いご縁が生まれ、人として、また絵師としての私を育てて頂いています。
「お経も読めない私が仏画を描いて生活するということはいかがなものか、許されるのでしょうか。」と、私の問いに、ご住職は、「僧には僧の修練があり、絵描きさんには絵描きさんの修練があると思います。ご自由におやりになったらいかがですか。描けたら見せて下さい」と、笑顔でそっと肩を押して頂き、今の私が存在し得ています。
 その三ヵ月後に観音図を描いて持って行くと、気にいって頂き、今も手描きの集印軸として頒布して頂いています。本業の仏画制作の仕事がうすいときには不思議と寺から注文が入るのです。この観音図のおかげで今の仕事がなんとか継続できたように思います。
 一九九五年、東京の学校法人に、一枚和紙では世界最大の十八畳大の「平成大涅槃図」の制作依頼を受けます。私の工房では図のサイズが大き過ぎて描けないので、善峯寺の薬湯場の板の間をお借りしました。
 三ヶ月間、毎日寺に通い、彩色を完成すると、「納める前に参拝の方々に観てもらえば」と、ご住職のお勧めで、急遽三日間だけの大涅槃図完成記念のお披露目展となります。
 釈迦堂の外陣に、完成した大きな涅槃図を絨毯を敷くように置き、裏山から青竹を切り出し、結界を作り、その三日間、たまたまお参りに来られた方々にだけ観て頂きました。
 その短い期間に、あっという間に噂が流れ、地元京都の新聞に取材されたり、TVニュースの特番で放送されたり、たまたま家族でお参りに来ていた某全国紙の記者に取材を受けたりと、思ってもいない事が次々と起こり始めたのです。
 全国紙の一面にカラー刷りで載るという大事件をきっかけに、全国放送のテレビ出演やら、某経済新聞から涅槃図の制作記を書いてくれ等、仏絵師に名声など必要はないとモグラのように地の下で仕事をしていた私がいきなりスポットライトを浴び、目が眩んだ瞬間でした。
 こうして、「仏画制作」という仕事は、私に善峯寺という本格的な仏教への入口を与え、私自身の生き方や仕事に対する姿勢、物の見かた、捉え方など、仏教徒としての私の在り方も教えてくれています―。
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冊子原稿より | 12:14:50 | Trackback(0) | Comments(0)
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