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夏の慌ただしい出来事
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母の初盆。慌ただしかった夏のつかの間のひと時、琵琶湖畔の大水車前の広場で。


今朝、4時に起こされ、孫たちと寝床でお別れのハグをしました。
そうです、娘と孫2人が、79日間の日本滞在を終え、アメリカに帰ります。妻が3時に起きて車で送って行きました。
私はといいますと、早く目が覚めたので、一人で朝食を済ませ、6時前には工房に来て、賑やかで慌ただしく過ぎ去った今年の夏を思い出しています。

何といっても、娘たちがワシントンDCから日本に帰ってきて6日後には、故郷の施設でお世話になって居る私の母とお互いが元気に再会し、にこやかに話をし、その3日後にはその母が脳幹出血で倒れ、その4日後の早朝には享年92歳で、この時を待っていたように人生の幕を閉じました。
学生時代の友人の関係する葬儀場に無理をお願いして、亡くなったその日の夜に通夜、家族と親戚だけの濃厚な葬儀、49日までの古い佇まいの実家での一週間ごとの追善法要、それと初盆。
通夜の日には、仕事とビザの手続きなどで10日間の滞在予定の娘の婿までが遅れて帰国しており、母の通夜や葬儀にも参列できました。

私の保育園時代から一緒の同級生の和尚に通夜からすべてお世話になりました。
台風接近の為、寺での施餓鬼会には行けませんでしたが、その次の日の16日、京都五山の送り火のある日、その猛暑の中、娘と息子と3人で鳥居本まで出かけ、母の初盆供と、家内安全等の護摩木を奉納し、その夜の鳥居形の送り火のひとつにして頂きました。

また夜には、昼間の暑さで疲れた私を除く家族全員で嵐山の灯篭流しにも参加し、亡き母の成仏をと、願いを込めました。
会うたび、別れ際に「これで最後やぁ・・・。」と涙ながらに言い続けてきた母も、まさかこんな見事な形で米国在住の孫や曽孫たちに見送ってもらえると思っていなかったことでしょうし、我々も誰も想像していませんでした。

そんな、何ともピッタリなタイミングで母を送り、孫たちは夏休みまで計画通り公立の小学校にも通いました。
そんな「日本の夏」を過ごし、ワシントンDCへ帰ります。
孫たちにとって、どんな夏だったのでしょう。おそらく、思い出深い、忘れられない日本の夏になったことと思います。
今日の7時50分のNH-2176で成田に向かい、7時間後には例の食事のまずいユナイテッド航空(UAL 804)で直ワシントン、ダレス空港まで帰ります。 ケチケチ旅行は大変です・・・。
今頃、伊丹空港で出国手続きを済ませ、搭乗ゲートで待っていることでしょう。
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うだうだ | 07:32:21 | Trackback(0) | Comments(0)
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