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元原子力プラント技工士故平井憲夫氏から告発警鐘メッセージ
原発の危険性を告発した元原子力プラント技工士、故平井憲夫氏の講演ビデオがありました。ぜひ、時間を作ってご覧下さい。福島の原発事故以前の1996年に収録とのことです。『隠されていた危険 ここが危ない日本の原発』
以下のURLをクリック!!
http://www.youtube.com/user/311movie/videos


原発がどんなものか知ってほしい

私は原発反対運動家ではありません
 私は原発反対運動家ではありません。二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。
元原子力プラント技工士、故平井憲夫から告発警鐘メッセージです。
以下のURLをクリック!!
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html

新聞原稿より | 09:39:55 | Trackback(0) | Comments(0)
『歴史秘話ヒストリア』大奥 シンデレラ・ストーリー~将軍の母・桂昌院 元祖「玉の輿(こし)」物語
昨日、ツイートでお知らせした、NHK総合TVで放送中の番組名とタイトルが分かりました。
毎週水曜夜10時から放送中の番組は「歴史秘話ヒストリア」ということです。
私の描いた桂昌院の肖像画が使われるのは、明後日の2月8日(水)放送の、大奥 シンデレラ・ストーリー~将軍の母・桂昌院 元祖「玉の輿(こし)」物語だそうです。
そこで、昔、NPO京すずめの瓦版に書いた原稿を探し出してコピペしておきます。

お年頃でなくても女性なら必読!!
玉の輿(こし)に乗れるありがた~い情報


仏画家 藤野正観

善峯(よしみね)寺の出世薬師さんにお願いしよう

情熱的で一途な恋愛。理想の男性と楽しく時にはせつなく、映画の1シーンのような青春時代を過ごしたい――。年頃の女性なら誰もがそう願うに違いない。
しかし、いざ、結婚となると「チョット待てよ、私の旦那さんはこの人で良いのかしら・・・。このままこの人と結婚生活に突入して生活はどんなかしら・・・。」と妙に、冷静に欲深く考え込んでいるのが、今も昔も変わらぬ結婚を控えた女性の女心である――。

そこで、と言っては、純真な乙女心を傷つけるかも知れないが、あなたが、もしも、まだ、意中の男性が居ないようなら、善峯さんの出世薬師さんにお参りしておけば、理想の男性に巡りあい、その上、そのお相手の男性が大金持ちという、俗に言う「玉の輿」に乗れ、夢の結婚生活を現実のものにしてくれるかもしれないという、実にありがた~い情報なのだ。

京都の西陣にある今宮神社で毎年五月に行われる祭りに、最近、「不況の西陣を元気にしよう」と、住民グループと大学生等が作って担ぐ「玉の輿」の御神輿が参加している。

善峯寺の薬師堂

この祭は今宮神社の「巡幸祭」で、平安時代に疫病を鎮めるために始まったと伝えられ、五基の御輿や鉾が京都市上京区の西陣から北区の今宮神社までの 七キロを巡行している由緒正しいお祭りなのだ。
将軍に輿入れした「お玉さん」が、身分の高い人しか乗れない「輿」に乗るようになったことから「玉の輿」という言葉が生まれたのだが、女子大生達は、それにあやかろうと「玉の輿」を担いでいるに違いない。
では、そのお玉さんとは、どんな女性なのだろうか、お話は三百年ほど昔にさかのぼる――。

善峯寺――。西国二十番札所として、その名を知られる天台系単立寺院である。今も昔も人影が耐えることはない。
洛西・西山の中腹に広大な伽藍を構える。その一角に、三代将軍家光夫人、桂昌院の「廟」がある。
八百屋の娘であった桂昌院が、豊臣秀吉と同じ従一位に任ぜられ、この寺をはじめ、応仁の乱で焼けた数々の寺の再興に尽すまでの不思議な運命が三百年を経たその「廟」が物語ってくれる――。

京都は堀川西藪屋町のあたりに、仁佐衛門と云う八百屋がいたそうな。嫁とりをして何年にも成るのに、いっこう子宝に恵まれない。
貧しい商家であっても老い先を考えるとさびしいものだ・・・。
思い余った仁佐衛門夫婦は日頃信仰している、西山・善峯寺の観音様にお参りしたそうな。
「どうぞ子供をお授け下さいませ。」と参篭、水ごもりもしたおかげか、願いが叶い、やがて生まれたのが玉のような女の子。名を、これまた「たま」と名づけ、大事に育てたそうな。
お玉は近所でも評判の器量よし。
目元はすずやか、鼻筋も通り、まるで京人形のような女の子。仁佐衛門は目の中に入れても痛くないほどのかわいがりようだったそうな――。
釈迦堂上の奥の院・出世薬師如来 仁右衛門が若くして亡くなると、信仰深いお玉の母は、善峯寺の観音様のご縁により、約二年半の間、お玉と共に善峯寺に住み込み、ご奉仕の日々を送ります。

幼いお玉にとって、この寺での信仰生活が、どんなに心地良かったことか、後に、その時の淡い経験から、善峯寺の薬師如来を想い、「たらちねの 願いをこめし 寺なれば われも忘れじ 南無薬師仏」 と詠んでいます。

やがて、お玉の母は、縁あって本庄太郎兵衛宗正のもとへお玉を連れて奉公に出ます。
美しい母は、そのうち宗正の後妻となり、本庄宗正がお玉の義理の父となりました。

成長したお玉は、三代将軍家光の側妾、お万の方の侍女となり江戸へ下り、秋野と名を変えて大奥で働くようになりました。
やがて、美貌の彼女のこと、家光の寵愛を受けて「徳松」を安産するのです。

家光の没後は、当時の習慣どおり、黒髪を落として出家し、桂昌院と名を改め、日陰の身となりますが、その子、「徳松」は、上野国その他で所領十五万石を与えられ,六十一年(寛文一)十万石加増、館林城主となり、「綱吉」となります。

四代将軍家綱には子供がなかったため、その没後、綱吉が五代将軍となり、桂昌院は将軍の御母堂(母親)として江戸城へ迎えられます。
彼女は、亡くなるまで、儒教の教えを重んじる息子の綱吉にも大切にされ、そのお陰で有力な家臣たちからも一目おかれて、八百屋の娘が江戸大奥で権力を欲しいままにしたのです。

「観音様のおかげでこれまでにして頂いた――。」信仰深い桂昌院は、善峯寺に何度も詣で。応仁の乱で焼失した寺を立派に再興しました。
桂昌院は宝永二年(1705)六月二十二日 七十九歳で亡くなりますが、善峯寺ではその恩に報いるため、遺髪を境内に納め、桂昌院廟としておまつりし、毎年六月二十二日には遠忌法要を営み、彼女の数多くの一級品持物は寺宝館文珠堂にて大切に保管され春と秋には、特別公開しています。
        
万世を 十かかり経ても 尽せじと 君が恵みの 南無観世音
  たらちをの 願いをこめし寺なれば われも忘れじ 南無薬師仏


※たらち‐お【足乳男・垂乳男】‥ヲ
 (垂乳女に対して作られた語) 生みの父。父親。

お玉が善峯寺の観音様と薬師さんに献じた歌と伝えられている。
玉の輿にのる――。こんな伝説がいつの頃からか口から口へと伝わり、善峯寺にお参りする若い女性が後を絶たないのも納得できるお話しではある。

さてさて、読者の女性諸君、今からでも遅くありません。よしみねさんまでおまいりお参り――。


NPO法人・京すずめ 発行、京すずめ瓦版より


新聞原稿より | 07:43:44 | Trackback(0) | Comments(1)
何というお正月・・・
やはり今年のはじめもバタバタと明けた。
今日から工房で1人で雑用と仕事。今年も出発から落ち着かない。今年一年を暗示している・・・。

30日の夜10時ごろ、工房で作業をしていると、実家近くに住む妹から携帯に電話があった。
お袋の具合が悪いらしい。かろうじて妹に電話を掛けて来たらしい。

実家まで車で15分の道程、妹が到着するとお袋の顔色は悪く、「もう、あかんわぁ・・・ハァハァ」と母。「そうとうしんどい様子やでぇ」と妹。
ニトログリセリンを5錠も飲んでいたそうだが、狭心症の母は、医者に、ニトロをお守り代わりに貰っている。
「何錠飲んでも、命に別状はない。」と、いつか医者が言ったことを信じている。

(※ニトログリセリンは急激に全身の血管を拡げて一時的に心臓の負担を軽くするが、この作用が副作用にもなる。血管が拡がるので血圧が下がる。その結果脈が早くなり動悸も起こる。血圧が下がり過ぎるとひどい立ちくらみのような症状がでたり気を失ったりすることがあるのだ。たしかに命には別状はないようなのだが・・・)

何年も前から、母は、何か気になることや、心配事があるとすぐに心臓が苦しくなる。最近は耳も遠くなり思うように体が動かなくなって、よけいに気を揉むようになってきている。
もともと、若い頃から心配性で、他人に物や気持ちの借りを作ることができない性分だった。
物や好意を借りてもすぐ返さないと気になって落ち着かない人だった。
たぶん、昼間に何かそんな類の出来事があったのだろう。

そういった性分なのからか、一方では、他人によくお節介をやく人でもある。
やや独りよがりの部分を隠せないが、今でも人の気持ちを最優先に考えるサービス精神は人一倍旺盛な人なのだ。
その為か、捉え方にも問題はあるのだが、他人の非道な行いや、冷たい言動には敏感で、よく傷つき怒っていた。

10年ほど前に、心臓にステントを入れているので、狭心症ではあるのだが、今までの医者は、よく起こる発作は「気のせい」とか「性分」と診断する医者が多かった。

その都度、「あの医者は、分かっていない。これだけしんどいのに気のせいとは何事!」と言っては、その医者を嫌い、行かなくなることが多かった。

お節介をやくこと意外は、私とよく似た性分なので、母の心の動きは、手に取るようにわかる。

私の将来を見るようで気が重くなる・・・。

受話器の向こうの妹の話では、すでに救急車を呼び、到着を待っているとのこと。
「今度は、ちょっといつもと違うし、病院どこにしよう? お兄ちゃんも早よぅ帰って来てぇなぁ。仕事は、お休みやろ?」とオロオロしている。

その時、一時間ほど前から、年賀状を作りはじめてていたがプリンタがうまく作動しなくなって作業が止まっていた。
いつもなら風呂から出てそろそろ眠る頃なのだが、その日は、深夜まで作業を覚悟していた時でもあった。

「以前も、こんなことがあったし、大丈夫。ニトロ5錠が効き過ぎている状況やと思うよ。」と、私。

実際に現場に居ない私は、直ぐにでも車を飛ばそうかと迷ったが、やらねばならないことが山積みだったので病院の件は妹に託し、もう少し様子を見ることにした。」

しばらくして、湖東記念病院に着いた妹から電話。

宿直医は内科の医者だけだったが、早速、診て貰ったら、心臓には異常がないとのこと、一応、心臓外科の担当医には知らせて貰ったが、点滴で落ち着いているとのことだった。時すでに深夜の1時。
30分後、点滴のおかげか母は落ち着いたようで、その日は病院に泊めてもらって、明日の朝の具合で、判断することになった。

2時まで作業して自宅に帰って寝たのが3時半。

結局、31日の朝には、退院というか、泊めて貰っただけとなった。
病名は、内科医曰く、「過呼吸?」とのこと・・・。まぁ、病名などどうでも良いこと。
元気になった母は、その日は、とにかく自宅で眠りたいとのこと。
1人でぐっすり眠ってもらう為、その日はあえて実家に帰るのはやめた。

結局、2日に、東京から帰ってきた長男と妻と3人で実家に帰って、お隣さんに新年の挨拶とお騒がせの陳謝挨拶。一緒ににぎやかに昼飯を食って夕方帰って来た。

今日は、朝から妻が実家に帰った。浜松の義母が5日から入院する為、顔を見に帰ったのだ。長男も友人と会ってご飯とかで朝から出かけた。

なにやら、あっという間に、三が日が過ぎようとしている。

明後日は、仕事始め。弟子たちが戻ってくる。ゆっくりする時間がない。毎年、正月は落ち着いて過ごしたことがない・・・。

31日、ワシントンに住む長女の旦那から連絡。同僚に私のホームページを見せたいのだが、日本語のページなので文字化けして意味が分からないとのこと。

ということで、これを放置しておけない性分の私は、31日から英語のウェブページを必死で作っている。 
文字化けを解決したいのだが、英語版OSのみのパソコンがないので、確認できない。

作る時間がもっと欲しい。

もう、午後7時だ。 今晩は工房に泊まろう。 今から何か食事の用意をして晩飯にしよう。

何というお正月・・・・。

新聞原稿より | 19:13:13 | Trackback(0) | Comments(0)
遥かなる山の呼び声
ワイオミングの荒野。遥か向こうに雪を被って白く輝くロッキー山脈の彼方より白馬にまたがって、クレジットタイトルと共にゆっくり現われるガンマン。
名作『シェーン』の冒頭である。

今朝、秋晴れの良い天気だったので、音楽でも聴いてみようと、『iTunes』のアイコンをクリックした。
たまたま、このシェーンの主題歌『遥かなる山の呼び声』のタイトルが眼に入りクリック。
まだ、弟子たちは来ていない。 少しボリュームを上げて聞いてみる。

雪を被ったロッキー山脈の美しさと、アランラッド扮する静かなガンマン、シェーンの生き様が、私の中に男の美しい生き方として深く印象に残っている。
私は名画中の名画だと思っている。

部屋の全ての窓を開け広げ、清々しい外気を工房に取り入れる。
大きな開かずの北側の窓からは、京都で一背の高い愛宕山が、桂川の嵐山方向に神々しい姿を見せている。

ワシントン郊外に住む長女夫婦や3歳になろうとする孫の愛子と時々スカイプで会う。
先日、懐かしい女性が長女のアパートに訪ねてきて、そのスカイプのカメラの前に姿を写した。

かつて、我が家にステイしていた。その後もよく遊びに来た長女の親友カレンだった。
「うん!? 日本語を忘れてしまったのか・・・。」
にこにこするだけのその笑顔は、http://rakushisha.com/kiji/essay/12-1-20.htmのこの頃とまったく変わらなかった。

彼女は、あれから、ロンドンで勉強し、ロスアンゼルスの会社に勤め、最近結婚し、子供も出来、家族でコロラドに引越ししてきたそうだ。
アメリカでも最も美しいとされるロッキー山脈の見えるところだそうで、
きれいなところなのでぜひ、また来て下さい。と笑顔で英語で言ってくれた。(そうだ・・・。)

コロラドはワイオミングのお隣。多分、『シェーン』で観たあの美しい遥かなる山々の光景があるのだろう。
行ってみたくなった。


新聞原稿より | 09:57:02 | Trackback(0) | Comments(0)
青空
雲の上には必ず、大きく広がる澄んだ青空がある。

大きく広がる青空のように全ての鬱とおしいことから開放され、

真っ青に広がる大空を、時には吸い込まれそうになりながら、あっちこっちに自由に飛び周りたいですね。

一年ほど前にネットで作った曲に癒されています。



新聞原稿より | 07:32:05 | Trackback(0) | Comments(0)
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