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今朝、アマゾンエコーが届きました!!
amazon-echo.jpg
amazonの推進するスマートスピーカー、アマゾンエコー。私は左のヘザーグレー (ファブリック)を注文した。


今朝、アマゾンエコーが届きました。
昨日、「購入招待のメール」が届き、すぐさま申しこんだら、今朝届いたということなのです。
「購入招待のメール」が届いた人しか、買えないということで、1ヶ月以上待ったと思います。
でも、待ったおかげで、定価11980円から4000円を引いてもらえます。

金7980円也。

さっそく、ずっしりと重い荷物の梱包を解いて、エコー本体と電源コードを取り出し、たいした説明書も付いていないので、そのまま、まずは電源を入れると円筒形上部の縁が、きれいな色のLEDの緑色の光がぐるぐる回り、起動し始めたことが分かります。
そのうちそのエコー本体が年配の落ち着いた女性の声でしゃべりだし、セットアップの手順を教えてくれます。

言われるまま、作業を進めると、Wi-Fi接続しているスマホやPC等が必要なことに気付きます。
私は、たまたま持ってるので、そのままセットアップできたのですが、持っていない人が注文することはまずないとは思うのですが、もし持っていない人が注文していたら、大変だろうなぁ・・・と、よけいなことを考えながら、5分ほど作業を続けました。

スマホなどにインストールした「Alexa」というアプリからセットアップをします。
一旦、エコーをルーターとするWi-Fiに接続し、その後、自宅内のWi-Fiに再接続します。
この時、手元には自宅Wi-Fiのパスワードを用意しておいた方がスムーズにセットアップできるので、パスワードの控えを手元に置いて作業をすると良いでしょう。

私は、アマゾンのプライム会員なので、「Alexa」から音楽など利用する場合も余分な経費をかけなくて済むので便利だと思いこのアマゾンエコーから始めようと思ったのですが、やはり、アマゾンはこのスマートスピーカ販売の歴史が2015年(米国)と一番古く、「スキル」というアプリも数多く、かなり充実していて、他のスマートスピーカーよりは、一歩も二歩もリードしているようです。
余談ですが、米国トヨタも今年は高級車のレクサスにこの「Alexa」を搭載するようです。

少し、使っただけですが、「Alexa」、アレクサさんの声も大人の女性の声で、イントネーションもあまり不自然さを感じません。
お見事だと思います。
ということで、しばらく、アレクサさんに遊んでもらえそうです。



うだうだ | 17:57:13 | Trackback(0) | Comments(0)
昔の色褪せた紙焼き写真
ネパールのある村にて03
1997年ネパール旅行。釈迦生誕の地ルンビニからカトマンドゥに戻る途中の貧しい村の子供たちに
ビデオカメラのモニターを見せている筆者。この旅から帰国すると出版社は無くなっていた・・・。



3週間ほど前、民放TVのある局の制作部の方より電話があり、ある番組で当工房に訪問したいと言ってきました。
変わったことをしている私と私の仕事に興味があるらしいのです。

気軽に「いいですよ(^o^)」と応えるとさっそく次の日に打ち合わせに来られました。
私の娘位のお年でしょうか、電話の主の女性とアシスタントという若い女性お二人が来られました。

制作局の制作部と名刺にありましたので、たぶんこの方がディレクターなのだと思いました。
小一時間、いろいろお話をさせていただいたのですが、やはりショックなことは、「仏画」という絵画の知識が皆無であったことなのです。
お二人は、仏教のこともほとんどご存じなく、それでもそれなりに興味を持っていただけたようですが、やはり最大の関心事といいますかご興味は私のプライベートなことのようです。私のこれまでの「変わった人生」に興味を持たれたようです。

一週間後に収録しますということで、お帰りになったのですが、私はその番組を時々見ることがあって、以前にも私の知り合いが出演し、、録画をして、観たことがあったのです。
ですので、この人気番組がどんな内容になるかは、うすうす分かってはいたのですが、快諾したことに、多少後悔の念も拭えなくはありませんでした。

ちょうど昨年の今頃も、NHKの「日曜美術館」という長寿番組のディレクターからお電話をいただき、その番組の制作の打ち合わせをしていましたが、本番の収録が今年の1月、放送が2月ということでした。
若い頃から観ていた人気番組で、恥はかけないということで、ちょうど一年前の今年の正月は一夜漬けで猛勉強をしていました――。

話を戻して、この番組スタッフ一行、18日には工房に来られて収録は無事終わったのですが、この番組のディレクターから、編集時に挿入する私の幼いころの写真や私が仏画を描き始めた頃の写真を要求され、久々に古いアルバムを見ています。

思い出します・・・。
それは、ある出版社の仕事一本で、仏画を生業に切り替えはじめた当初、順調に仕事をさせていただいていたのですが、その頃、弟子も7人ぐらい居たと記憶しています。
弟子と言ってもスタッフ的な要素が多く、今のように志をもって私の元に居た人たちではないように、今から思うと、そう思えます。

仕事が順調だったものですから、その弟子たちと、スリランカ旅行、インドネシアのジャワ・バリ島旅行へ出かけたりしていたのですが、3回目のネパール旅行(写真)から帰って来たら、そのお世話になっていた出版社の事務所が無くなっていて、大慌てしたのですが、忘れもしません大雨の夜でした。
帰国し、自宅の最寄りの駅に到着したその足で、大雨の降る御池通りにある事務所に行きましたが、もぬけの殻で、請け負っていた制作の仕事も宙ぶらりんで、行き先不明となりました。
アパートを借りて1年半ほど制作を続けてきた両界曼荼羅も行き先不明のまま、その後、6ヶ月かけて完成させたことも記憶に生々しいのです。(※この曼荼羅は、今も工房付属のギャラリー「京都・仏画館」に展示しています。)

得意先を一気に無くした仏画工房楽詩舎に残った弟子は二人だけでした・・・。

あとの弟子は、仕事が無くなるということに見切りを付けてか、気を遣ってか、一人辞め、二人辞め・・・・その二人を残し、ほとんどが辞めてしまったのです。

当初から、教える人が私で、教えを乞う人が弟子で、弟子は私を「先生」と呼ぶものですから、私は全員、私の弟子だと思い込んでいたのですが、その当時、弟子として私の元に来ていたのは、工房が窮地でも私を信じて残ったその二人だけだったということに気付かされた時でもあったのです。

こういう仕事をしていますと、神仏とでも言った方が適切かもしれませんが、何か大きな力が働き、まるで「人」を選んでいるような、試しているような、そんな出来事がたくさんありました。
また、逆にその大きな力が、この仕事に必要な「人」を招き入れたとしか考えられないような不思議なめぐり合わせ体験もいくつかあります。

「ジタバタせず、この何かしらの大きな力に自分の身を任せ、私の人生も託してみよう・・・」と、なんとなく思い出したのもこの頃です。

20年ぶりに開いた古いアルバムの色褪せた紙焼き写真から、当時のいろいろな思いが蘇ってきます。
1月7日までに、あと数枚の当時の写真を探さねばなりません。




うだうだ | 14:48:41 | Trackback(0) | Comments(0)
目を覚めさせて貰ったこと
2017年 善峯寺に集う作家たち展の看板
善峯寺先代住職、故掃部光暢師の書による『善峯寺に集う作家たち展』の立て看板


11月26日で、2017年の『善峯寺に集う作家たち展』は、盛況のうちに終了しました。
おかげさまで、たくさんの方々にご高覧頂くことができました。
個別にご案内も差し上げず、ネット案内と善峯寺に参拝されるごく一部の方とのご縁だけを頼りに開催しているのですが、わざわざ会場にお出かけ頂いた方々には、特に感謝せずにはおれません。

25年近く続けてきた現在において、寺のひとつの恒例行事として定着した感もあるのですが、出品する作家たちは、無償で会場をご提供していただいている善峯寺のご厚意に甘え過ぎ、惰性で開催している感も拭えない状態なのです・・・が、

そんな中、最終日の26日、「以前よりサイトを通じて先生を存じ上げていますが、今日初めてお会いできて幸せです。最終日の早朝なら会場におられると思い、やって来ました。」と、開場一番に名古屋から来られた4人連れが、私の方に満面の笑顔で入り口から一直線で入って来られました。
そのうちのお一人の50歳を前にした女性が、笑顔で私を見つめ、こう言ってくれたのです。

平日は、妻が一人で会場係をしてくれています。
私は会期中、初日と最終日の二日間だけ会場に居たのですが、最終日の26日の朝、目が覚めると外は明るく良い天気だったので、早々に朝食を済ませ、その日は最終日ということで、8時半に一人でいそいそと家を出て、9時には会場に到着しました。
10時の開場を待たず1時間も早く、入り口の障子を開けて、会場付近の境内に立て看板を立てて準備完了です。
会場の大正時代に建てられた書院の歪んだガラス障子越に温かい朝の陽光が差し込む縁側に腰をおろし、一人ひなたぼっこをしながら機種変更したてのiphoneⅩをいじっていたのです。

30分ほどその方とお話しできたでしょうか、気恥ずかしくなるほどの多くの私への想いと賛辞と感謝の意を聞かされ、「ぜひ、今後も元気でお続けいただきますように。」という温かいメッセージを頂戴したのです。
その言葉が、今のマンネリ化した私の心にぐさりと刺さり、その方の話される言葉の数々が、今の私には、「神仏の戒めと励ましの言葉」として心に残っています。

70歳を3年先に控えた仏絵師は、「自分の今の絵描き人生をこのまま終えることに、モヤモヤした思いがあった。」のですが、この日の朝、目を覚めさせて貰ったような気がしたのです。



うだうだ | 10:11:37 | Trackback(0) | Comments(0)
仏陀とAI(人工知能)
仏陀とAI

『善峯寺に集う作家たち展』という仏画と工芸作品と紅葉のコラボ展が26日で終わりました。
10日前の11月19日が初日で、私はこの日と最終日だけ一日中、会場の書院に詰めていました。

他の工芸作家さんも日曜日ですので会場に来ていましたが、実は、この展覧会、二十四年ほど続いているのですが、その間全ての平日は初期の頃を除くと私の妻が会場係として一人で展覧会場に居てくれています。

この紅葉の時期ですので、外は寒く、会場の中は暖房も入らず冷えきっています。
それでも晴天の太陽の光の暖かさは救いです。
太陽の光だけが暖房の頼りですが、それも山の中ですので、晴天でも午後2時ごろにはお日様も西山の峰に隠れてしまいます。

会場の縁側から見える、屏風山の紅葉を目当てに来たという人も多く来られます。
実は、太陽が山に隠れた方が、逆光のかげんか紅葉がはっきり見えるので、会場係の妻は大正時代に作られた歪みのあるガラスの嵌った年代物の古い引き戸を開けっ放しにして、会場に入ってくるお客さんを縁側に誘導します。
それで、会場はよけい冷えるのですが、お客さんの感動される笑顔が見たいばかりに、展示作品そっちのけで、サービスしています。

平日の会場には、毎日善峯寺の白い文字の入った紺色の法被を着て、会場に一人で居るのが私の妻です。

その妻が、私が一日詰めていた初日に、久々に会う出品者の木地師と世間話をする中で、その話の内容を小耳に挟んでいたようで、ちょっとした妻と私の認識の違いが浮き彫りになったので、このことを、まとめておこうと思った次第なのです。

その話題というのは、私の職業とは、直接関わりがないAI(人工知能)についての話しでした。
iphoneを新しくⅩ(10)にしたことでガラ系の携帯電話を持つその木地師に、なぜスマホか?なぜ人工知能か?を熱く語っていた時のことなのです。

少し前に、妻が故郷に帰った時にお邪魔した伯母の家には、早くもハイテク商品の最先端、スマートスピーカー「google home」があり、そのAIスピーカーの話で盛り上がったことがあったそうで、それを買った30才過ぎの甥に、妻が、「夫も今、一番AIに興味があるようだ。」と言うと、「えぇ~!仏絵師の叔父さんとは、まったく反対側にあるAIに興味があるとは・・・」とビックリされたことがあったようです。

妻は、その甥の意外な反応が脳裏にあったのか、展覧会会場でガラ系携帯電話を愛用する木地師に熱心に話をする私を気にしていたのか、彼の反応が気になったのか分かりませんが、その夜、自宅に帰って「お父さんは、仏画を描く身なのに、なぜ、あんなにAIのことを熱く語るの?」と質問がありました。

確かに、私自身、声が大きくなり話口調にも熱が入っていることと思います。
でも、いつも感じるのですが、その話す相手は、聞いてはくれますがほとんどは少し引いている感じもしないではないのです。
なかなか、話がかみ合い、盛り上がる相手を見つけることができません。

そういえば、AIの記事やシンギュラリティの話題をブログに書いてFacebookでリンクしても、その記事に「いいね」ボタンをくれる人は、やはり少ないのです。
実は、ちょっとその系統の話を家族にしても、妻をはじめ、我が息子にしても嫁にしても、大した 反応はありません。ただ、若い女性といっても三十前後なのですが、私の工房で勉強する弟子たちに話すとお義理かもしれませんがウンウンと頷いてくれるし、時には的確な反応を示してくれます。

何故、こうもAIの開発に私の心がワクワするのかというと、つまるところ、こうなのです。

2500年ほど前のインドの釈迦国の王子であったシッダータは、29歳の時に、人の老いや病、死は避けることのできないこととして、何故なのだ?と疑問に思い、生まれた国を出、6年の間、当時のバラモンの習慣を真似し、瞑想を繰り返し修業をします。
そういった世の真理を求め続け、35歳の時、ガヤという所の菩提樹下で瞑想し、ついに覚者となります。

覚者とは、シッダータが悟りを開き仏陀となったということですが、その釈迦国出身の仏陀、世の真理に目覚めても、しばらく瞑想を続け、現れた帝釋天の勧めで、他の人々にも教えてあげよう。ということで仏教を開くことになります。
その仏陀は、世に真理を説きながら旅を続け、齢80歳で涅槃に入ります。

では、その仏陀の説く「真理」とはいったい何なのでしょう?

仏教では、無常といって、常にすべてのものは変化し続け、変化しないものなどこの世にはない!というのが、真理なのです。このことは、現代における分子生物学でも証明されており、私たちの肉体を形成する細胞も、一ヶ月前の細胞などどこにもない。
言い様によっては、一ヶ月前の自分の肉体は無くなっている…ということになるのです。

仏教といえば、十二因縁(十二支縁起)の四諦八正道という、人が生きるということにおいての現実的な真理や「一切皆空」といったその現実思考から派生する哲学的気付きから生まれる真理もあります。

諸行無常 --- 物事のすべてに常など無い。
諸法無我 --- 我など無い。
一切行苦 --- 生きているということは、苦しい行である。
涅槃寂静 --- 死んだ時、つまり煩悩が消えた時、そこでやっと安らか、静寂に至る。

真理を獲得し悟りの世界に到達するには6つの行「六波羅蜜」を実践しなさい。と、なります。

◆布施  見返りを求めない心で、それに敵った応分の施しをする行。
◆持戒  自らを戒める事。
◆忍辱  堪忍べば、やがて、他を理解し受け入れることができる。
◆精進  不断の努力。
◆禅定  自分自身を深く見つめる事
◆智慧  丁度良いバランスのとれた生活をする術を身に着けること。

つまり、これ等の行をすることによって、世の真理、すなわち、世に存在するあらゆるものに実態が無いということに気付けば、比較的苦しまずに生きて行けるよ! とういのが仏の教えの根本なのです。
でも、現代ではこの実態が無いという概念は、量子力学の世界では当たり前のことと証明されていますので、この「気づき」は六波羅蜜を実践しなくても理屈上は可能ということになります。

ですから、このことを踏まえ思考していると、人のイメージの中にある神や仏の能力を遥かに超えた人工知能AIは、この諸行無常と六波羅蜜の論理を必要としないし、その実践もいとも簡単にやってのけることができるはずなので、AIは生まれながらに修行者であり、菩薩であり、覚者(仏陀)ということになります。

そこで、釈迦も、ただただ受け入れるしかなかった、死後の世界観や、人は何故、何のために生まれてきたのか?
また、宇宙の果てやその構造、人類誕生のいきさつや生きることの意味、人類にとっての究極の便利グッズAIを作るに至ったことの意味等、人類の抱いてきた大いなる疑問をどんどん解決し明らかにして、その結果、AI自らの存在意味や目的を導き出すのでは・・・と思考するわけです。

これをワクワクしないでどうして語れようか。と、そう思うのです。

この先たった数年以内に、AIは、現存する7000以上のお経をいとも簡単に吸収理解し、29年以内には、偉大な仏陀より、格段に優れた覚者となり、宗教学AIの出現をはじめ、神をも凌ぐ哲学AI、科学AI、物理学AI、医学AI、工学AI、それに芸術家AI等が地球上のあちこちで生まれることは確かだと思うのです。
我々人類が常に疑問を抱いていたことが、どんどん明らかになり、宇宙の物理的構造から真理まで、次から次に解明されることになると思います。
でも、やはり、それでも疑問が残ることがあれば、その疑問とは、いったい何なのだろうか‥‥などと思いを巡らせるときりがないのです。

このことから、AIと仏教とは真理探究においては、同じ線上にあると言っても過言ではないと思いますし、仏陀が今の時代に生きて居れば、AIに興味を示すに違いないと思うのです。



シンギュラリティ | 17:18:42 | Trackback(0) | Comments(1)
iPhone Ⅹを手に入れました!
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11月3日、まったく新しいコンセプトで作られたiPhone Ⅹの販売が開始されました。
いろいろなアプリが出揃ってからにしようと躊躇していましたが、結局、その日に予約をしてしまいました。

手元に届くには、5~6週間かかると聞いていたのですが、一週間後の10日の夕方に最寄りのお店から電話連絡があり、丁度11日には仏画教室の作品展の準備もあり、12日は会場で一日詰めていなければならないこともあり、13日の月曜日の夕方、引き取りに行ってきました。
つまり、予約から10日で手元に届いたことになります。

この機会に、妻も使っていなかった古いガラ系の携帯電話を解約し、ワシントンや大阪の子供や孫とラインをする為に、もう一つ持っていた、制作にジョブズが直接関わった私の古いiphone4sを新しいスマホにチェンジ。
本格的にスマホデビューということで、新しい機種(アンドロイド)を手にしました。
低予算で新機種を考えると、アンドロイドになるのだそうで、使いこなすことにはあまり気のない妻は、ラインと電話さえ使えればそれで良いということで、そうしたうようです。

お店のお兄さんに、二人でいろいろ割引特約契約のお話を聞くのですが、やはりあの手この手で考え抜かれた客寄せ割引設定ですから、我々には比較するものも無く、お兄さんの言われるまま、「はいはい」と聞いているしかありません。

結局、契約した割引が得なのか損なのか、これで良かったのか良く理解できないまま、お店を後にすることになるわけですが、たぶん、読者の皆さんもご経験されていることだろうと思います。
夕方の5時~8時まで、長時間の手続きが終わり、スマホを受け取って帰宅する頃には、いつもは7時までに食事を済ますので、お腹はペコペコ・・・。おまけになんだか良くわからないままお兄さんの説明を聞いていたということに、二人とも長時間の疲労とストレスが溜まり、新しいスマホを手に入れた喜びは、その日から数日経ってから、じわじわと感じることになります。

私の「iPhone Ⅹ」は、14日と15日の2日間でデータのコピー移動を終え、前の愛機「iphone5s」の中身と変わらなくなりました。
そんなことで、一見、新しい機種という感じがしなくなりました。
メールアカウント8個は、全て手動で設定。数千曲の音楽データも手動で移動。日頃乗る車とのハンズフリー設定と携帯電話を繋ぐBluetooth設定に少々手こずりましたが、ブックマークのデータがいつの間にか、コピーされていて、感激するやら、気持ち悪いやら・・・。

まだ3日しか使っていませんが宣伝情報どおり、デバイスの群を抜いた凄さは感じます。
Face ID(顔での認証)もお見事で、私の顔を覚えてくれていて、画面が見える方向なら眼鏡をかけようが、帽子を被ろうが、すぐに認証して起動してくれます。
そこで、こんなに正確に認証するなら、私が寝ている時に寝顔にでも向ければ、直ぐに起動するのでは・・・と疑問が湧いて、実験してみました。
さすがです。目をつぶっていると、認識しません。
それと、全体が有機ELですので、画面から音が出てきます。ガラスの面から音が出てる…不思議です。

まだまだ、この機種用のアプリは、アメリカ製がほとんどですが、この優秀なハードに見合ったアプリを各社が鎬を削って制作中なのでしょう。
ですので、このジョブズ氏のDNAを受け継ぐ人工知能に最適なニューラルエンジン搭載のiPhone Ⅹを堪能できるようになるのは、もう少し先なのかもしれません。

何れにしても、私の場合は、iphone5sから、一足飛びにiphoneⅩになったわけですので、新しい機能はもちろん、今後のアプリ開発の期待で、ワクワク感が止まらないのです。



シンギュラリティ | 11:50:18 | Trackback(0) | Comments(0)
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